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欧州挑戦10年で築き上げた財産を清水に還元。乾貴士が体現する「楽しさ」と「厳しさ」の両立

2025.03.14

【特集】元欧州組の影響力#3
乾貴士(清水エスパルス)

J1連覇を成し遂げたヴィッセル神戸の成功でクローズアップされているのは、大迫勇也、武藤嘉紀、酒井高徳などの「元欧州組」の存在だ。日本代表の経験を持つエリートだけでなく、若手も含めた海外進出が加速している今だからこそ、今後は戻って来るケースもさらに増えていくだろう。世界を経験した選手たちがJクラブにどのような影響を及ぼし、何をもたらしているのか――それぞれのケーススタディについて掘り下げてみたい。

第3回は、清水エスパルスの乾貴士に注目。ドイツのボーフム(11-12)、フランクフルト(12-15)、スペインのエイバル(15-18、19-21)、ベティス(18-19)、デポルティーボ(19)、古巣のセレッソ大阪(08-11、21-22)を経て、オレンジのユニフォームに袖を通した元日本代表MFは清水がJ2降格、J1昇格プレーオフ決勝敗退を味わう中で、いかに欧州での10年間におよぶ経験を還元してJ2優勝とJ1復帰へとけん引したのか。衰えるどころか輝きを取り戻している36歳がキャリアを通じて築き上げてきた財産を、番記者の前島芳雄氏に教えてもらおう。

リーガで初めて成功した日本人が「明らかに変わったのは…」

 「勝負どころを押さえてるというか、このミスはしちゃいけないとか、ここはしっかりやらなきゃいけないというところを普段から周りに言ってくれるし、試合でも体現している。攻撃だけじゃなく守備でもそれは同じで、守備のスイッチの入れ方、(パスコースの)消し方といった賢さは、日本代表やドイツ、スペインであれだけ長くやれた秘訣だと思います。攻守両面で多くの選手が刺激を受けてますし、ピッチ外でもいろんな話をしてくれていると思います。そういう選手がいるのはクラブの宝ですし、影響力は計り知れないと思っています」(秋葉忠宏監督)

 6月で37歳になる元日本代表MFが清水エスパルスに与える影響力について、熱血指揮官はこう語る。そこは清水サポーターもまったく同じ想いだろう。3年ぶりに復帰したJ1でも、乾貴士の存在感が変わらず絶大であることは誰もが実感できている。

 2011年夏からドイツで4シーズン、2015年夏からスペインで6シーズン戦ってきた乾の海外経験において、特筆すべきは世界トップレベルのリーガエスパニョーラで初めて成功した日本人選手という点だ。それ以前に挑戦した城彰二も西澤明訓も大久保嘉人も中村俊輔もできなかったことを、169cm/63kgと体格的に最も不利な乾が成し遂げたことは大きな価値がある。

エイバル2年目の2016-17シーズンには最終節バルセロナ戦(●4-2)で2得点を叩き込み、敵地カンプノウを静まり返らせた乾。リーガでの通算成績は166試合16ゴール14アシストで、アジア人史上初の150試合出場、日本人初の二桁ゴール、二桁アシストを達成した

 「日本人がどうスペインで成功するかという見本がないので、自分が実験台になるしかない中で、それを成功させるのは並大抵のことじゃないと思います。意思疎通も完璧にできるわけじゃないし、酷いことも平気で言われるし、ボールが来ないこともある。その大変さは僕らには想像つかないと思います。野球の野茂英雄さんも良い例ですが、先駆者を見ると次は育ちやすいですから、うちの選手たちが彼の背中から学ぶことは多いと思います」(秋葉監督)

 ただ本人は「自分が(周囲に)与えている影響はわかんないですよ」と彼らしく答える。そこで海外経験を経て自分の中で変わったことについて聞くと「それが海外に行ったからなのかはわからないけど……」と前置きした上で、次のように語った。

 「明らかに変わったのは守備じゃないですか。昔はやり方がわからなかったというのもあって、とりあえず戻っとけばいいとか、この選手にだけやられなかったらいいという感じがありましたけど、今はいろんな戦況を見ながら、守備の細かいところを気にするようにはなっていると思います。あと戦術のところ、サッカーの頭脳のところは、ベテランになっていけばいくほど普通に上がっていくものだと思うので、そういうところは変わったんじゃないですかね」(乾)

 それらは秋葉監督の言葉とも一致する。レベルが高くて厳しい競争の中で、アラートさや勝負どころを見極める感度がより磨かれたという面はあるはずだ。

2016-17シーズンのリーガ第29節ビジャレアル戦(2-3)では、敵陣での相手のコントロールミスを鋭い出足でかっさらい、ドリブルで独走して決勝点を突き刺した乾。「前の選手である以上ゴールが求められるんですけど、そこばかりを見ている人ではない」という、ハイプレスの申し子であるホセ・メンディリバル監督との出会いもあった

「楽しさを忘れたくない」ブンデスリーガで抱えた葛藤を乗り越えて

 そんなタフな環境で鍛えられてきた乾だが、本人が最も大切にしているのは「楽しくサッカーをすること」だ。それはヨーロッパに渡る前からずっと変わっていないし、創造性豊かで観る人を楽しませるプレーという彼の最大の魅力にもつながっている。守備の意識が高くなったとしても、そこを見失うことはない。

 「一番大事なサッカーを楽しむ気持ちとか、なぜ自分たちがサッカーをやっているのかといった根本的なところを教えてくれている気がします」(山原怜音)という声に代表されるように、楽しむことの大切さを学んでいる清水の選手は非常に多い。……

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前島 芳雄

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