FEATURE

Jリーグのサッカーがポジショナルプレー“的”にとどまっている4つの要因

2025.01.30

ポジショナルプレー3.0の胎動#8

ポジショナルプレー1.0をペップ・バイエルン時代の偽SB+5レーンの攻撃配置とすると、2.0はそれに対抗する5バックで横幅を埋める「ポケット封鎖」の守備配置であり、現在そこからさらに「ゾーンの間」を消滅させるマンツーマンプレスへと発展している。守備の進化の先にある3.0の胎動を読み解く。

最終回では、Jリーグのサッカーがポジショナルプレー“的”にとどまっている4つの要因を、東大ア式蹴球部でテクニカルスタッフ、強化、コーチを務めた高橋俊哉氏が探っていく。

 本特集のテーマは「ポジショナルプレー3.0」ということで、主に欧州サッカーシーンにおける戦術的な潮流の変化を探っているわけだが、Jリーグにおいてはその状況は異なるだろう。

 なお最初に断っておきたいが、筆者自身の意見として「Jリーグはポジショナルプレーが見られないから劣っている」とは考えていないし、決して日本と欧州で二項対立の図式にするつもりもない。本稿でものちに述べるが、環境的な要因により日本でポジショナルプレーを展開することが「正しい」のかはわからないと考えている。

 とはいえ、「違い」があることは確か。その違いについて考えることで、日本におけるポジショナルプレーの在り方を論じていきたい。

Photo: Getty Images

欧州サッカーのポジショナルプレー展開

 まずは欧州において。バイエルンの監督に就任したペップ・グアルディオラがドイツで構築し世界中に「輸出」されていったポジショナルプレーだが、それは決してイチから発明されたわけではない。かつてより、特に彼が育ち、率いたバルセロナにおいて、その本質は存在しており、「ポジショナルプレー」はその内実を深掘り、再現可能にし、言語化されたものにすぎないだろう。さらにその源流をたどればルイ・ファン・ハールやヨハン・クライフ、リヌス・ミケルスなどに行き着くのだと思われる(さらにミケルスの前にはブンダーチームが……)。とにかく、「ポジショナルプレー1.0」の基になるアイディアは古くから存在していた。

 重要なのはその本質の部分だ。ポジショナルプレーは戦前の予想と現実の齟齬を極限までなくしたスタイル、あるいはリーグ戦における勝利=優勝の可能性を極限まで高めたスタイルであるとも言える。ボールを支配することで勝利の可能性が高まるのは簡単なロジックだが、ポジショナルプレーではその周辺にある考え方が(再)発明された。それは重要なスペースを支配すること。ボールを支配することとスペースを支配することは個別ながらほとんど同一でもあり、スペースの支配はボールの支配の上位概念でもあり、ただし事象としてわかりやすいのはボールを支配することである。

 スペースを支配するという考え方ももとより存在しており、特に欧州ではゾーンディフェンスという守備戦術により広く浸透していた。ポジショナルプレーはゾーンディフェンスと同じ考えを背景にしながら、ゾーンディフェンスに対して非常に相性の良いスタイルであった。だからこそ、ここまでの隆盛を誇ったと言えるだろう。

 ちなみに、このポジショナルプレーの対抗策として流行したのが「ゲーゲンプレス」「ストーミング」などと言われる戦術だが、これもまたアリゴ・サッキのゾーンプレス(やその基となる守備戦術)に影響を受けていると言われる。つまり欧州では次々に新しいスタイル・戦術が生まれているように見えるが、それは古くから存在した戦術のブラッシュアップという側面も持っている。歴史の循環性については諸説あるが、サッカーに限定すれば間違いなく循環が見られる。ポジショナルプレー1.0~3.0をはじめとした欧州での戦術の進化は、先人たちの蓄積を参照しつつ、今ある戦術に対抗しようとしてきた試みの連続であると言えるだろう。

要因①戦略的視点の不足

 続いて、欧州と比較した際の日本サッカーの相違を見ていこう。まず、前章の要点をまとめると以下の(A)~(C)のようになる。

(A):ポジショナルプレーの本質は戦前の予想と現実の齟齬を極限までなくすという目的にあり、これは戦略レベルの目的である。

(B):Aの目的を達成するためには重要なスペースを支配するスタイルが重要であり、これはゾーンディフェンスと同一の思想でありながら、攻撃面においてはゾーンディフェンスに対して優位性を持ち得る。なおスペースを支配することでボールを支配することも容易になり、敗北の可能性は低減する。

(C):ポジショナルプレー1.0は決して新しい概念ではなく、グアルディオラの革新性は、トレーニングと戦術的知見により「ポジショナルプレー」というスタイルの再現性を高めたことにある。

 また、ここで本稿における用語の定義を明確にしておくが、(A)(B)をそれぞれ「戦略」「スタイル」と対応させて表現する。またスタイルを達成するための方法を「戦術」とする。例えばグアルディオラの「ポジショナルプレー1.0」や「ストーミング」はスタイルであり、「偽SB」や「外切りのハイプレス」は戦術である。また戦略とスタイルの両方の意味で「ポジショナルプレー」という語を用いる点に留意されたい。

 材料がそろったところで、本稿での主題である、日本でのポジショナルプレーが“的”に留まっている要因についての話に移ろうと思う。1つ目にして最大の要因は、「戦略」への理解が不十分だったことだろう。

 さて、グアルディオラがバイエルンで披露したサッカーは日本にも小さくない影響を与えたが、どのような文脈で語られることが多かったのだろうか。もちろん上に述べたような論点からの紹介もあったが、「バルサ化」の試みと考えられることも少なくなかったのではないだろうか。それ自体は間違ってないのだが、日本では「バルサ=ティキタカ」というイメージが根強く、また憧れも強いものがあったために、バイエルンもまたパスサッカーという側面が注目されがちだっただろう。

 次いで言えば、日本では「戦術」への憧れも強いように感じる。そして、一発勝負が続くトーナメント戦は、戦術との相性が非常に良い。こういった土壌も影響しているのだろう、グアルディオラのポジショナルプレー1.0についてもボールを保持するための戦術が盛んに取り上げられた。確かにグアルディオラの戦術は目新しかったし、「偽SB」「偽9番」といったワードはキャッチーだった。さらに言えばこれらの戦術はスタイルと密接に結びついているため、戦術の模倣によりスタイルの模倣も達成され得る(これがグアルディオラの凄さの1つであるだろう)。また言うまでもなく、スタイルは戦略を遂行するために長い年月をかけて綿密に形成・整理されてきたものだ。「戦術」や「スタイル」のレイヤーについての議論はわかりやすく、そして面白かった。それゆえ「戦略」への理解が進まず、ポジショナルプレーの本質を見誤ってしまったのが要因の1つと言えるだろう。

要因②スペースに対する考え方

……

Profile

高橋 俊哉

1999年生まれ。武蔵高校から東京大学に入学し、文学部社会学専修を経て工学系研究科都市工学専攻に進学。研究内容はスポーツクラブとまちづくりについて。またア式蹴球部ではテクニカルや強化、コーチとして活動。好きなチームはガンバ大阪で、好きな選手はオジェソクと岩下敬輔。高校時代は気持ちで闘うタイプの選手でした。note: https://note.com/techtaka X: @techtaka

関連記事