「メソッド」よりも「マインド」。鬼木達監督が川崎Fの麻生グラウンドに植えつけた「基準」の正体
去り行く監督たちのレガシー#6
鬼木達(川崎フロンターレ)
2024シーズンのJリーグが終わり、惜しまれつつチームから去っていく監督たちがいる。長期政権でチームの黄金期を作り上げた者、独自のスタイルでファンを魅了した者、困難なミッションから逃げず正面から向き合い続けた者……リスペクトすべき去り行く監督たちがそれぞれのクラブに残したレガシーを、彼らの挑戦を見守ってきた番記者が振り返る。
第6回は、在任8年間で7回の優勝へと川崎フロンターレを導いた鬼木達監督。麻生グラウンドでの日常に植えつけた「基準」の正体に迫る。
その偉大な功績は多くを語るまでもないだろう。
鬼木達。2017年から8シーズンにわたってクラブを率い、それまでメジャータイトルでは無冠だった川崎フロンターレに4度のリーグタイトルと3度のカップタイトルをもたらした人物である。
指揮最終戦として迎えた2024シーズンのJ1最終節前の囲み取材でのことだった。
自身が名将であると言われると、「よく言ってますよ。俺は迷ってばっかりだよって(笑)」 と本人は「迷将」だと笑い、その場にいる報道陣を和ませていた。そして「正直言うと、もっと獲りたかった」と言い、手にしたタイトルへの喜びよりも届かなかったタイトルへの悔しさを滲ませていたのである。
「リーグ3連覇するチャンスが2回あったし、カップ戦も自分が采配をミスしなければ(上に)行ける試合はまだまだあった。勝負の読み違いや甘さもあったなという後悔のほうが強いです」
あれだけ多くの栄冠を勝ち取っていても、逃した勝負での迷いや後悔の念を口にする。言い換えると、迷いながら強くなり、後悔しながらも前に突き進んできたのが鬼木監督の強みなのかもしれない。
「優勝して見えたもの」=「基準」が作られた2017年
タイトルへのこだわりは誰よりも強い。その理由はなぜなのか。ある日の練習後、その思いを熱く説いてくれたこともある。
「その(タイトルを獲る)欲が途切れてしまうと、そこの感覚が薄れてしまう。選手もスタッフも、クラブ全体が『何がなんでも取らないといけない』と思ってやっていかないといけない。それを獲った時は自分たちもうれしいし、あの瞬間のサポーターとの喜びの分かち合いは選手やスタッフにとってかけがえのないもの。一番感謝を表現できるタイミングでもある。そして、そうやってどんどん団結していける。全員に欲が出るんです。現場もそうだし、サポーターもそう。それはクラブにとっていいこと。だから、経験させたいんですよね」
タイトルを獲ることで、またタイトルが欲しくなる。その欲によって、関わる人々の「基準」が変わる。だからこそ獲り続けなくてはいけない。そうした雰囲気も含めた「基準」の重要性を鬼木監督は話していたのである。
「勝つことの空気感は言葉では伝えきれない。『みんな、頑張っていたぞ』と口で言ってもわからないじゃないですか。実はチームの調子が良くなかったけど、こういうきっかけがあったんだよと、覚えていたりする。勝つ時はこうだ、というのがわかれば伝えていける。だから、勝つことは大事なんですよ」
川崎フロンターレといえば、風間八宏前監督の「止める・蹴る」を追求する技術的なメソッドがチームスタイルとして受け継がれていることでよく知られている。ただそれだけが川崎から日本を代表するようなタレントが数多く輩出された理由だったかというと、そんな単純な話でもないだろう。
つまり目を向けなければならないのは「メソッド」よりも、むしろクラブが育んできた「マインド」の方である。それこそが、麻生グラウンドで脈々と選手たちに受け継がれているエッセンスであるからだ。……
Profile
いしかわごう
北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawago