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“デュエルに勝てる”個を育てるために。イタリアの育成年代責任者が語る欧州列強の取り組み、Z世代以降の変化と未来(後編)

2025.01.14

デジタルネイティブへの最適解はストリートサッカー?
変化するZ世代の育成論
#8

近年のバルセロナでは10代でスターダムを駆け上がったペドリ、ガビに続き、ラミン・ヤマルがクラブ史上最年少となる159カ月でトップデビューを飾った。欧州の最前線では明らかに育成の「早回し化」が進んでいる。Z世代の育成論にサイエンスの視点から光を当てると同時に、「今のティーンエージャーは、集中力の持続時間がほとんどゼロに近いところまで下がっている」(アレッサンドロ・フォルミサーノ)というデジタルネイティブ世代に求められる新しい指導アプローチについても考察してみたい。

第8回は、FIGC(イタリアサッカー連盟)育成年代代表統括コーディネーター、マウリツィオ・ビシディのインタビュー後編。今の育成年代において、個のクオリティを高め、トップレベルのタレントを輩出するためには何が必要なのか。他のヨーロッパ強豪国の取り組みとともに、イタリアの現状と課題、今後の展望を語ってくれた。

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サッカーは「パスとデュエルのゲーム」である。問題は…

――今のイタリア代表を見ても、攻守両局面で機能できる「ビファジコ」(bifasico=英語ではbiphasic)な選手が多い印象です。彼らはインテリジェンスや戦術的な規律が高く、複数のポジションをこなすこともできる。ただその一方で、かつてのロベルト・バッジョやフランチェスコ・トッティ、あるいはアントニオ・カッサーノのように創造性と意外性に富んだファンタジスタは、ここ20年以上生まれていません。そうでなくとも、センターフォワードにしてもウイングにしても、ワールドクラスのアタッカーはイタリアにはずっと不在です。それはなぜなのでしょうか?

 「確かに、ラスト25〜30mにおいて決定的な違いを作り出すクオリティ、得点感覚や創造性を備えた選手が生まれなくなっていることは事実であり、その問題を解決しなければならないことも強く認識している。私が最近いろいろなところで強調しているのは、サッカーは『パスとデュエルのゲーム』であるという定義だ。問題は、近年のイタリアではサッカーが『パスだけのゲーム』になってしまっているところにある。

 確かに、自陣から敵陣までボールを運び、主導権を握って戦うためにはパスが重要だ。しかしラスト25mを攻略してゴールを奪うためには、そこでのデュエルを制する必要がある。ところが今はどのクラブでも、2タッチのロンドから11対0の戦術エクササイズまで、パスを使った戦術のトレーニングばかりで、デュエルの能力を磨くためのトレーニングが疎かになっている。我々の代表では練習時間が限られているので、そこに時間を割くことは難しい。その結果として、独力で状況を解決できるようなクオリティやファンタジアを持った選手が育たなくなってしまった」

――そうした選手がいない中で、どのようにしてラスト25mを攻略するのかというのも、戦術的には大きな課題ですよね。

 「サッカーはパスとデュエルのスポーツ、という観点から私がよく言うのは、『もしドリブラーがいないのならワンツーで突破できる選手を育てなければならない』ということ。ゴールを奪うためにはいずれにしても最終ラインを突破する必要がある。1対1で突破できない場合は2対2で突破することを考えなければならない。バッジョやトッティのようなファンタジスタは、ドリブルで突破する能力、つまりデュエルに勝つことによって打開する能力も高かったが、それ以上に意外性に満ちたパスによって最終ラインを崩す能力に長けていた。1対1のデュエルではなく2対2のパスワークで質的優位を作り出すことができた、と言い換えてもいいだろう」

昨年6月、ルチャーノ・スパレッティ監督の発案でEURO2024直前のイタリア代表合宿に招待されたバッジョ、トッティにジャンニ・リベラ、ジャンカルロ・アントニョーニ、アレッサンドロ・デル・ピエーロというアッズーリ歴代の10番たち

――デュエルを制するドリブラーとパスで打開するファンタジスタ、その両方を擁しているのが理想ですよね。

 「それは間違いないね。デュエルに勝つ能力を磨く場所であったストリートや空き地で自由に遊ぶ環境は、少なくともヨーロッパでは今やごく限られた場所にしか残っていない。子供たちが自発的に創造性を養うことができる場が失われる一方で、サッカースクールではむしろ創造性を抑制するような指導が行われている。イタリアの場合、さらに悪いことに、セリエA、Bのクラブは育成年代前期から自前で選手を育てるよりも、育成年代後期にある程度でき上がった選手を国外から獲得してくることで、売り物になる選手を手早く生み出そうとする傾向が強まっている」

――アカデミーで10代前半から選手を『形成』するよりも、10代半ば以降のタレントを安く獲得してプロ選手として『開発』する方に軸足を置くクラブが増えているということですね。

 「そうだ。その段階では選手がイタリア人かどうかは関係ないからね。育成年代前期からアカデミーにコストをかけるよりも、16歳、17歳のタレントを外国から安く獲得する方が手っ取り早い。クラブにとってはそれでいいかもしれないが、我々代表チームにとって、イタリア人選手の育成が疎かになる状況は損失でしかない」

マウリツィオ・ビシディ(2018年1月)

育成年代の監督を目先の結果で評価するメンタリティが変わらなければ…

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。