イタリアの育成年代責任者が語る改革15年の成果と確信。重視する質的な新指標「ビシディのマトリックス」とは?(前編)
デジタルネイティブへの最適解はストリートサッカー?
変化するZ世代の育成論 #7
近年のバルセロナでは10代でスターダムを駆け上がったペドリ、ガビに続き、ラミン・ヤマルがクラブ史上最年少となる15歳9カ月でトップデビューを飾った。欧州の最前線では明らかに育成の「早回し化」が進んでいる。Z世代の育成論にサイエンスの視点から光を当てると同時に、「今のティーンエージャーは、集中力の持続時間がほとんどゼロに近いところまで下がっている」(アレッサンドロ・フォルミサーノ)というデジタルネイティブ世代に求められる新しい指導アプローチについても考察してみたい。
第7回は、UEFAから現在“欧州最高”の評価を受けるイタリア育成年代の代表チーム強化について、長年その改革を主導してきたFIGC(イタリアサッカー連盟)育成年代代表統括コーディネーター、マウリツィオ・ビシディにインタビュー。前編では、結果ではなくパフォーマンスを追求するという哲学の核心、モダンサッカーが求めるプレーヤーの理想像などを明かしてくれた。
「スカウティング」「監督」「試合環境」の取り組みが結実
――先日、UEFAが育成年代で最も優れた成績を残した国を表彰する「モーリス・ブルラズ・トロフィー」をイタリアが受賞したんですよね。おめでとうございます。
「どうもありがとう。この賞は、単なる主観的な評価ではなく、過去3年間にU-17、U-19の公式戦で挙げた勝ち点という客観的な基準に基づいて与えられるもので、イタリアが獲ったのはこれが初めてなんだ。我々は2024年のU-17欧州選手権で優勝し、2023年はU-19欧州選手権でも優勝した。それ以外の年にもファイナリスト、ベスト4とコンスタントに結果を残してきたからね。もちろん育成という仕事はピッチ上の結果だけで評価すべきものではないけれど、結果が重要なモノサシの一つであることは確かだ。その意味で、このトロフィーを手にしたことにはとても満足しているよ」
――マウリツィオがFIGCでアリーゴ・サッキとともに育成年代代表のコーディネートに携わるようになったのは2010年のことでしたよね。それから15年の仕事が実らせた果実がこのトロフィーなのだと思います。育成というのは10年、15年というタイムスケールで初めてその成果が見えるものだということを、あらためて認識させられました。
「一朝一夕で結果の出る仕事ではないことは確かだね。最初の段階では目に見える結果が出ないこともあるが、それでも自らが選んだ道を信じて継続性と一貫性を持って仕事に取り組んでいかなければならない。最初の4年間はアリーゴ(サッキ)、その後の2年間はアントニオ・コンテ(現ナポリ監督)がA代表監督と兼任という形で統括責任者の座にあり、私はその下で実務に当たるという関係だったので、その点で戦術的には一定の制約があった。私が完全に自由な形で指揮を執れるようになったのは、統括コーディネーターに就任した2016年からだから、私のプロジェクトは8年目ということになるね」
――今回のブルラズ・トロフィーは、育成年代の代表チーム強化においてどのような取り組みを進めてきた結果なのか、その概略を聞かせてください。
「大きく分けると、スカウティング、監督、試合環境という3点になるかな」
――まずスカウティングからいきましょうか。
「スカウティングは代表チームにとって、特に育成年代においては根本的な重要性を持っている。選手は我々のものではなくクラブでプレーしているので、我々は彼らを探し出さなければならない。私がこの仕事に関わるようになって最初に取り組んだことの一つが、プロクラブの育成部門はもちろんアマチュアの育成クラブまで含めて、イタリア中に綿密なスカウト網を構築することだった。近年はそのネットワークを国外、とりわけ欧州諸国に拡げて、イタリア国籍を持つ移民2世、3世のタレント発掘に力を入れている。南米はそれほどでもない。というのも、彼らをイタリアに呼んでプレーさせるのは簡単ではないし、もしそうなっても本当に優れた選手は最終的に母国の代表を選ぶことが多いから」
――最近だとインテルで育ったバレンティン・カルボーニ(イタリアU-17代表でプレーした後、アルゼンチンU-20代表とA代表に鞍替え)がそうですよね。
「ああ。重要なのは国内、国外、どこでプレーしているかにかかわらず、同一のモノサシで評価することだ。その点でスカウティングの精度をさらに高めるため、最近はデータスカウティングを強化してきた。年齢よりも上のカテゴリーでプレーしている選手、得点やキーパス、ドリブル突破といった特定のデータ項目が優れている選手を、先入観なしでリストアップすることで、ビデオスカウティングを補完している」
――スカウティングはビデオスカウティングが主体ですか?
「そうだね。我々のスタッフは、毎週末およそ70試合のビデオをチェックしている。70試合×25〜26人だから、毎週およそ1800人から2000人近い選手を見ていることになるね。そのすべてはデータベースに蓄積して、代表選手選考の材料として使われている」
――監督というのは、各年代の代表監督の人選や彼らのメソッドについての取り組みですよね。
「監督たちとは月に少なくとも2回、戦術やトレーニングメソッドについて話し合っている。代表が招集されている時には、もちろんトレーニングの現場に足を運んでその内容をチェックし、それについて話し合うというアップデートを常に行っているよ。最近は育成年代代表の監督経験が、クラブや他国の代表でも評価されるようになってきた。私の下でU-18からU-21までのカテゴリーを歴任したパオロ・ニコラートはラトビア代表監督になったし、パオロ・バノーリもU-19代表を指揮した後、アントニオ・コンテのアシスタントを経て、現在はトリノを率いている」
――試合環境というのは?
「代表レベルでは、強豪国と対戦する機会をできる限り増やしてきた。ここ10年間、毎年1月にはスペインとU-17、U-18、U-19の定期戦を行っているし、他の月にもドイツ、オランダ、フランス、ポルトガル、イングランドといったトップレベルの国々との試合を組むようにしている。選手の本当の能力を見るためには、高いレベルの相手と戦うことが必要だからね。例えばスペインと戦って0-3で完敗したとしても、プレーした中で数人はこのレベルでも通用する、それ以外は難しい、といったことが見えてくる。もちろん選手たち自身にとってもこれ以上ない経験になる。自分たちの能力を実感して、次に向けた課題が明確になるからね。自分たちよりレベルが下の相手に3-0、4-0で勝っても、本質的な課題は見えてこない。
こうした取り組みを通じて、今では少なくとも育成年代ではヨーロッパのトップレベルと肩を並べるところまで来ることができた。これは非常にうれしく、また誇らしいことだ。UEFAの会議に出席しても、多くの国々が私の仕事を評価してくれているのがわかる」
「ボール支配」と「ラスト25mにおける危険度」の両立を目指して
――外から見ていると、育成年代はもちろん、ロベルト・マンチーニ体制(2018〜23年)以降の近年はA代表も含めて、フィロソフィからゲームモデルまで含めたサッカーそのものの質が、かつてとは明らかに異なっているように見えます。
「ゲームモデルに関して言えば、私が統括コーディネーターに就任した2016年以降、伝統的なイタリアサッカーのそれとは明らかに異なる、より攻撃的でゲーム支配を重視したそれを意識的に導入してきた。私が作った『ビシディのマトリックス』は知っているよね」……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。