FEATURE

天然物か人工物か。二極化するサッカーインテリジェンスの正体――植田文也×井上尊寛×木村新(座談会/後編)

2024.12.26

デジタルネイティブへの最適解はストリートサッカー?
変化するZ世代の育成論
#5

近年のバルセロナでは10代でスターダムを駆け上がったペドリ、ガビに続き、ラミン・ヤマルがクラブ史上最年少となる15歳9カ月でトップデビューを飾った。欧州の最前線では明らかに育成の「早回し化」が進んでいる。Z世代の育成論にサイエンスの視点から光を当てると同時に、「今のティーンエージャーは、集中力の持続時間がほとんどゼロに近いところまで下がっている」(アレッサンドロ・フォルミサーノ)というデジタルネイティブ世代に求められる新しい指導アプローチについても考察してみたい。

第5回は「育成×エコロジカル・アプローチ」をテーマに、『エコロジカル・アプローチ』(小社刊)の著者・植田文也氏と、オリバススポーツアカデミーで実際にその理論を実践している井上尊寛氏、法政大学のスポーツ健康学部でバイオメカニクスを研究する木村新氏の3人で語り合う。後編では、エコロジカル・アプローチを通してサッカーインテリジェンスを向上させる方法について議論した。

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なぜ10代でデビュー?バルセロナの「育成早回し化」の考察

――近年、欧州のクラブで10代でレギュラーを務める選手が増えてきています。象徴的なのがバルセロナで、ミラン・ヤマルを筆頭にパウ・クバルシやマルク・ベルナルなどが印象的な活躍を見せています。17歳の彼らが即トップレベルでプレーできているという「育成の早回し化」が可能になっているのは、ゲームモデルの効果なのでしょうか?

植田「現在の欧州サッカー界はゲームモデル全盛の時代と言えるかもしれません。バルセロナやスペイン代表が一番の成功例ですね。ただ、育成段階で単一のゲームモデルで縛ってしまうと、先ほどの言葉で言うと『フリージングステージ』にずっといる状態になってしまうリスクがあります。基本的に相手が変わらないのであれば、演劇のリハーサルのように練習してきたことをそのまま本番でやればいいわけです。ただ、サッカーはそういう競技ではないので、あらゆるシチュエーションを経験した方が適切な判断ができるようになります。エコロジカル・アプローチが主張しているのは、トップアスリートをトップアスリートたらしめているものは、単一の運動ではなく、あらゆる運動ができること。1つのプレースタイルに固執しているように見えるドリブラーも実はあらゆる運動を経験した上で、最終的にこれが最適という学習の経緯をたどっているパターンが多いです。なので、育成の段階ではあらゆるゲームモデルを経験させた方がいいでしょうし、運動においてもマルチスポーツ的に、サッカーの枠を越えて様々な運動経験が必要だと思います。

 その前提の上で、バルセロナの17歳で成功している選手たちは、一昔前のように10代前半から単一なバルセロナのゲームモデルで育っていない、もっとエコロジカルなことをやっている世代なのではないでしょうか。グアルディオラの成功の後、バルセロナの育成が世界中に称賛され、過度にシステマティックになっていた時期がありました。むしろその頃に育成された選手たちからは飛び抜けた才能は育っていなくて、その反省でバルサ・イノベーション・ハブでエコロジカル・アプローチの研究者を入れるなどの揺り戻しがあり、再びプラスに転じたのかもしれません」

――確かにヤマルはストリートサッカー出身ですし、今までのカンテラの選手とはタイプが違いますよね。

植田「ヤマルはまさにそうですよね。バルセロナのゲームモデル自体も昔ほど固定的ではなくなっている気がします。ゲームモデルは1つの制約として考えることもできます。ゲームモデルA・B・C・Dを試して、多様な経験をさせることで、あらゆる戦術でも問題なくプレーできる知的なエリートプレーヤーを育てる。ゲームモデルの中身を変え続けるプロセスを通して、あらゆる局面に適応できる戦術的インテリジェンスが鍛えられるわけです」

クバルシとヤマル

木村「ある特定の環境に固定されてしまうと、その環境が変わってしまうと全然うまくいかないと」

植田「おっしゃる通りです。前回のカタールW杯ではドイツ代表とスペイン代表が日本代表に負けましたけど、彼らのゲームモデルは固すぎたように見えました。ゲームモデル自体の質は高いのですが、柔軟さが足りないので結局何が起こっても必ずそれで来るというのが相手もわかってしまっているので対策も立てやすいです」

井上「この本(『エコロジカル・アプローチ』)を読む前は、1年間同じシステム、具体的には[4-2-3-1]で戦っていたんですね。クラブとしてゲームモデルを設定し、そのゴールを目指して育成を行っていくこと。それも1つのサッカーの考え方としてあるんですけど、このやり方では途中で相手の変化に対応できなくなってくるんですね。例えば試合中に相手が5バックになりました。攻撃に転じた際には[4-2-4-2]になっていますという状況に直面した時に、選手が何をしていいかわからない。なので、固定のものを取っ払って[4-4-2]や[3-4-3]など多様なフォーメーションを経験させるようにしました。どのフォーメーションで、自分にはどういう役割が課されているか。相手に関しては[4-4-2]なのか[4-3-3]なのか、両チームのマッチアップの嚙み合わせから自分たちの攻め方や守り方を考えよう。あるいは攻め、守備のどちらで主導権を握るのかを、具体的なやり方はピッチの中の状況で判断できるようにしてみようと伝えるようになりました。で、試合が終わってからその振り返りをします。ピッチを平面で見ているコーチ陣には相手の細かい変化に気づかない時があります。特にファーサイドは物理的に見えなかったりしますからね。そういうところも含めて自分たちで判断して決断できる能力を磨かないと、最終的に指示待ちの選手になってしまいます。そうした戦術のバリアビリティの部分は、この本を読んで学ばせていただきました」

植田「ありがとうございます(笑)」

木村「サッカーは常に環境が一定ではなく、時事刻々と変化していきますからね。同じ場面に遭遇するのはたぶん2度とない。それに適応しなければならないとなった時に、練習段階から多様な状況を経験させて学ばせるというのはよくわかります」

植田「スポーツ科学ではジャンルを問わず『競技特異性』という言葉をよく使います。サッカーにはサッカーの、アーチェリーにはアーチェリーの、ボクシングにはボクシングの、それぞれの競技で特異な筋活動のあり方やパワー発揮の性質などがあります。そして、バリアビリティにもそれぞれの競技に特異なレベルがあります。サッカーは非常に高いバリアビリティを求められている競技の割に、練習は杓子定規なものが少なくない。同じ動きを繰り返す運動が多かったり、特にGKトレーニングはほとんどそうです。で、試合ではめちゃくちゃイレギュラーな対応を求められる。もっと競技のバリアビリティに合わせたトレーニングをした方がいいと思います」

――ゆえに、サッカーという競技で1つのゲームモデルを貫くのはリスクがあると?

植田「自分が一番伝えたいのは、常に様々な戦術を取れるようなチームを作った方が良いということですね。グアルディオラのバルセロナは1つの強力なゲームモデルで世界のサッカー界を席巻しましたが、サッカーの競技特性を考えると、新しい戦術的アイディアでハックするやり方はどうしても一過性のものになると思います。それを思いつく発想は素晴らしいですが、守り方がわからない状況が5年間ぐらい続いたから勝ち続けられただけで研究されると次第に効力が減退していきます。なので、育成で1つのゲームモデルをやるのはナンセンスというのが自分の主張です。そのゲームモデルはおそらく彼らが成長する10年後には、攻略されているからです」……

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。