オリーバススポーツアカデミーの挑戦。傷害予防&心理学の専門家と中学生年代のトレーニングを科学する
デジタルネイティブへの最適解はストリートサッカー?
変化するZ世代の育成論#6
近年のバルセロナでは10代でスターダムを駆け上がったペドリ、ガビに続き、ラミン・ヤマルがクラブ史上最年少となる15歳9カ月でトップデビューを飾った。欧州の最前線では明らかに育成の「早回し化」が進んでいる。Z世代の育成論にサイエンスの視点から光を当てると同時に、「今のティーンエージャーは、集中力の持続時間がほとんどゼロに近いところまで下がっている」(アレッサンドロ・フォルミサーノ)というデジタルネイティブ世代に求められる新しい指導アプローチについても考察してみたい。
第6回は、サイエンスを取り入れてU-13、14の中学生年代を指導している街クラブ、オリーバススポーツアカデミーの取り組みについて。協力している傷害予防&心理学の専門家と中学生年代のトレーニングを科学してみよう。
ビジネスからコーチングへ。海外で受けたサイエンスの衝撃
「専門はスポーツマネジメントという領域なので、普段はJリーグなどのプロサッカーチームのチケッティング、ブランディング、集客や観戦者の消費行動の解明がメインのテーマにはなってくるんですが……」
そう前置きするのは、井上尊寛さんだ。大学のスポーツ系の学部にて准教授を務める井上さんは、スポーツマネジメントの研究を進める中でいつしか育成にも注目していった。
「これまでサッカーだけでなくプロ野球やフィギュアスケートも対象に、スポーツのどこに人々は感動し興奮するのかをテーマに研究してきたのですが、研究結果としてわかったのが会場に足を運ぶファン・サポーターが一番見たがっているのは試合そのものから得られる興奮や感動、あるいはプレーや選手自身の美しさなどであるということ。ファンはそれを感じるためにチケットを購入し、会場へ足を運ぶので、指導する側は良い選手を育てなきゃいけない。海外に視察へ行くこともよくあるのですが、チームの育成現場で指導されているコーチの方々と話す際には必ずと言ってよいほどビジネス寄りの話になります。この選手はいくらで買えるとか、代理人がどこなのかとか。トップチームに行けなかったとしても移籍関連収入に繋がりますからね」(井上さん)
自身も幼稚園からサッカーを始め、大学院を経て大学教員になる過程でJFA公認B級ライセンスも取得した井上さんは、コーチングとビジネスの関連性を強く認識するにつれ、育成の関連領域についての勉強にも本腰を入れるようになった。その過程で衝撃を受けたのが国外の事例だ。
「いろんな海外の育成現場を見ると、かなりサイエンスが入っています。フランスサッカー連盟を訪れた際も、多くのスタッフが大学院を出ていたりするというお話をうかがいました。スペインの指導者を招いたオンラインセミナーも開催したのですが、お招きした指導者のほぼ全員がスポーツサイエンスを学んでおり、トレーニングに動画をうまく使うのも当然のことながら、スタッツやGPSなど多くの科学的な指標を活用されていました。フランス2部クラブのアカデミーに視察に行った際には、チームドクターが定期的に、小さいうちから大きくなるまであまり大きさが変わらない骨のレントゲンを撮っていて、それを見れば大体身長がどれくらいになるか想定可能とのことで、その時点では体が小さくても大きくなる選手を獲っていたりしていました。その後もケガのリスクの低減とパフォーマンスの向上を目的として、トレーナーがメディカルチェックやパフォーマンステストなどを定期的に行っていたりするので、求める水準に達していない選手は上にあげないという指標があったりもしています。それくらい専門家の力も借りながら、かなり育成現場にサイエンスが入っているんです」(井上さん)
ヴァンフォーレ甲府のチームドクターが解説する「PHV」とは?
そんなエキスパートを巻き込んだ育成現場を日本でも作るべく、2023年に立ち上げられたのが「オリーバススポーツアカデミー」だ。この現在、八王子を拠点にU-13、14の中学生年代の選手たちが計40人程所属しているチームでは、各2時間の活動を平日3回と土日に行う1週間のサイクルの中で研究者たちの手を借りている。
その1人が、ヴァンフォーレ甲府のチームドクターでスポーツ傷害予防を研究している瀬戸宏明教授だ。
「最初は病院勤務だったので、ケガをしてから来る選手を主に診ていました。でも、プロチームのような現場に関わっていくと、やっぱり負傷で戦力が落ちていくわけですよね。だったらケガをしないように予防をした方がチームのためになるんじゃないかという考え方になっていきました。特に選手が成長途中で個人差の大きい育成の現場ではなおさらですよね。そのため、なるべく傷害が起こらないようにしないようにしていくにはどうしたらいいかという取り組みを考えています。その一つが運動生理学の研究室とともに進めている『PHV』をもとにしたケガの予防です」(瀬戸教授)
「PHV」とは、ピーク・ハイト・ベロシティ(Peak Height Velocity)の略で身長発育速度が一番高い時期を指し、そこに到達しているかどうかが選手の体ができあがってきているかどうかを測る基準の1つとなる。日本の男子ではちょうど中学生年代にあたる12~14歳前後がPHVだと考えられているが、実際にオリーバススポーツアカデミーでも「140cmの子から180cmの子までいる」(井上さん)ように個々でバラつきがあり、PHVに10歳で到達する早熟の選手と16歳で到達する晩熟の選手を共存させなければならないのが、暦年齢でチームを分けている育成現場の悩みでもある。
「PHVを迎えた選手とPHVが来ていない選手では身長だけでなく、筋肉や骨の強さも違ってくると言われていますので、適切な運動を行うにはPHVを推定できることが大事です。その算出法はいろいろありますが、定期的に測っている身長、座高、体重、年齢をもとに計算して求めていくMaturity offset法が一番簡単ですね。あわせて私たちの研究室ではオリーバススポーツアカデミーの選手を対象に、PHVのフェーズ別に骨密度と骨端線や筋の変化について縦断的に調査し、傷害予防に役立てるためのデータフィードバックを行っています」(瀬戸教授)
筋トレ論争に終止符を。選手と指導者に啓蒙する先行事例として
オリバススポーツアカデミーの小菅悠太トレーナーも、自身が所属する法政大学大学院越智研究室(運動生理学)で作成した独自の計算式(Tsuji et al., 2023)を基準に、選手たちをPHVのフェーズ別に分けてフィジカルトレーニングを行っている。それぞれの段階に合わせてメニューを調整する際の注意点をこう説明してくれた。……
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista