宮市亮いわく「キー坊はアルテタに似ている」。マリノスに全てを捧げる喜田拓也が示す特別なリーダーシップ
【特集】チームリーダーの在り方#2
喜田拓也(横浜F・マリノス)
サッカーチームが一つの集団としてまとまるには監督の力はもちろん、選手たちの中にもリーダーが必要だ。カリスマ性、コミュニケーション力、人格、仲間からの信頼、経験や実績……チームリーダーには様々なものが求められ、様々なタイプがいる。Jクラブのキャプテンたちの実情を探ることで、複雑性の高いサッカーというスポーツのリーダーシップの在り方について考えてみたい。
第2回は、24歳でキャプテンに指名されてから6年、名門・横浜F・マリノスで重責を背負い続ける喜田拓也だ。チームが低迷する中でも逃げることなく向き合い続けたリーダーの姿には、クラブに関わる全ての人たちが強い敬意を抱いている。
過密日程でよりクローズアップされた「リーダーシップ」
今季の横浜F・マリノスは5つの大会で合計61試合もの公式戦をこなす、前例のない過酷なスケジュールと向き合い続けてきた(11月21日時点で57試合を消化)。その過程で常に大きなテーマとなっていたのが「リーダーシップ」だった。
週2試合ペースの連戦となると、全ての試合を同じメンバーで戦うことは不可能。ピッチに立つ選手が入れ替わり続ける中、難しい局面や苦しい展開でチームとしての勝負強さを発揮するには、少なくとも11人の意思統一を図らねばならない。そうした状況で浮き彫りになったのは、喜田拓也という存在の大きさだった。
ある負けた試合後の記者会見で、ジョン・ハッチンソン監督が「ピッチ上でリーダーシップが出てきてほしい。誰がチームをまとめて、『さぁ行くぞ!』と言うか。そこなんだ……」と嘆いたこともある。喜田は負傷によりその試合を欠場していた。
2019年に当時24歳でマリノスの主将に就任した喜田は、アンジェ・ポステコグルー監督をはじめ、以降に指揮を執った全ての監督から絶大な信頼を寄せられてきた。ケヴィン・マスカット監督もハリー・キューウェル監督も、迷わず背番号8をキャプテンに指名している。
絶対的なリーダーとして頼られてきた反面、喜田に頼りすぎていた部分が今季の過密日程の中でチームの課題として露になってしまったと言えよう。彼自身が「自分がどうこうは抜きにして、フラットに見て、思いの強さみたいなものを感じる選手がもっと増えないといけない。それをチームに還元できる、ピッチ上に落とせる選手が増えないといけないのは確実にあると思う」と漏らしたこともある。
ちょうどAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)の光州FC戦で3-7、リーグ戦のサンフレッチェ広島戦で2-6と大敗が続いてチームの雰囲気が落ち込んでいた頃だった。天皇杯準々決勝のレノファ山口戦には勝利したものの、リーグ戦に戻るとFC東京に1-3で逆転負け。試合後のミックスゾーンに姿を見せた喜田の表情は苦渋に満ちていた。
「やっぱり責任を負うのって怖い。人によっていろいろな捉え方があると思うんですけど、責任の取り方もそうだし、その覚悟みたいなものがもっと見えてこないと。勝つために判断を変えないといけない時もあるし、ピッチの中で決断をしなければいけない時もある。じゃあ、その全ての責任を負う覚悟があるか? というと、全員が自信を持って『YES』と言えるところまでいっていないと思います。
その覚悟は絶対に必要だと思うし、その思いの強さみたいなものは絶対にチームを変える。精神論だけにしたいわけではないですけど、そこが(勝利するにあたって)大きなウェイトを占めているのも間違いないんです。この状況ならネガティブになると思うし、自信もなくすと思う。ただ、『この状況をどう捉えて進んでいくんですか?』というのを、まずは一人ひとりが自分に問いかけて、それを結集して前に進めないと何も始まらないと思います」
以前から痛みを抱えていた箇所の状態が悪化した喜田は、この発言があったFC東京戦を最後に離脱が続いている。先に引用したハッチンソン監督のコメントはキャプテンが負傷欠場中の試合で出たものだった。
だが、小学生の頃からマリノスで育ち、クラブの歴史を深く知る喜田の思いはしっかりとチームメイトたちに伝わっているはずだ。11月に入ってからのマリノスは2カ月ぶりに公式戦3連勝を飾り、先制されても大量得点で逆転するなどシーズン終盤にきて往時のような勝負強さを取り戻しつつある。
宮市亮が重ね合わせる、アーセナル元キャプテンの姿
では、実際のところ喜田のリーダーシップは何が特別なのだろうか。「キー坊はこのクラブのリーダーであり、そこに疑問を挟む余地はない。勝者のメンタリティを持った唯一無二の選手です」と述べるハッチンソン監督は、次のように続ける。
「彼は自分がメンバー外になっていても、ホームゲームなら必ずロッカールームに顔を出し、常にチームメイトたちに声をかけて鼓舞しています。それだけではなく、あらゆるミーティングにも彼の姿があって、どんな時であれ模範となってチームを引っ張っているのです。
(中略)腕章を巻いているからリーダーなのではなく、重要なのは人間性です。その選手がどのような形でチームを引っ張り、どれだけ自分よりもチームを優先して振る舞えるかが鍵になります。そういった意味でキー坊はキャプテンに最もふさわしい存在です。彼は常にチームのことを考えていて、第一にチーム、第二にチームという男なのです」
指揮官は松原健や水沼宏太、小池龍太、飯倉大樹、エドゥアルド、天野純といった年長者たちのチームを引っ張る姿勢も称えながら、喜田がその中でも特別な存在であることを強調していた。
身近で接しているチームメイトたちも、喜田の人間性に対して賛辞を惜しまない。2021年夏からマリノスに在籍している宮市亮も「キー坊はチーム全体を見ていますし、人を見ているし、その時にあった声かけにすごく気を遣っている。そういった気配りはなかなか海外のキャプテンにできないところなのですごいと思います」と語り、尊敬の眼差しを向ける。……
Profile
舩木 渉
1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。