リバプールの「押し込み過ぎない」配置構造。クロップ流を継承したスロットの繊細なチューニング
【特集】欧州&Jリーグの
複雑化する最新ビルドアップ解析 #6
リバプール
「ハイプレスvsビルドアップの攻防」は現代サッカーの基本としてすっかり定着し、日進月歩でブラッシュアップが繰り返されている。近年はロベルト・デ・ゼルビが率いたブライトンが見せた敵のハイプレスを誘引してその裏を取る「疑似カウンター」が注目されたが、多くの監督たちは知恵を絞って新しいアイディアの開発を進めている。今特集では、24-25シーズンの欧州サッカー、2024シーズンのJリーグの注目クラブを対象に、ビルドアップ戦術にフォーカスして分析してみたい。
第6回は、今季ここまで9勝1分1敗、11試合6失点の堅守でプレミアリーグ首位を走るリバプール。9季にわたる長期政権を築いた名将の後継者として、46歳のオランダ人指揮官がチームに示した方向性とは。
ユルゲン・クロップ――リバプールに悲願であったリーグタイトルやCL優勝を含む数々の結果をもたらし、マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラとともにプレミアリーグで一時代を築き上げた名指揮官は昨シーズン終盤に退団を告げ、後任にはフェイエノールトを率いてきたアルネ・スロットが就任した。
自身のフットボールを「ヘビーメタル」と称し、高いインテンシティとスピーディーな攻撃力を兼ね備えたスタイルはプレミアリーグを席巻、よりフィジカル的要素の重要性が増すモダンフットボールにおけるアイコン的存在であったクロップの流れを確かに汲むインテンシティの高さと、一方でポゼッションスタイルによるゲーム支配をエールディビジで表現してみせたスロットが、リーグレベルの大きく異なるプレミアリーグでどのような結果を残すのか。長期政権後のチームマネジメントの難しさを知るファンの中には不安の目を向ける者も少なくなかっただろう。
しかし蓋を開けてみれば、大方の予想を裏切る形でリーグ首位に躍り出ており、昨シーズンしのぎを削ったアーセナルやマンチェスター・シティらの不調も手伝って勝ち点で大きく差をつけている。スロットの戦術的革新性はどのようなものなのか、本稿はビルドアップ特集の一部であるためビルドアップには言及しつつも、より広範なチームのスタイルについて考察してみたい。
大きな物語の終焉、ディテールの時代へ
まず、スロットについての正直な印象にはなってしまうが、戦術的革新性というほどのものはない、とあえてはっきり言い切っておきたい。とはいえこれはスロットの素質の問題ではなく、「均衡状態を目指すスタイル」と「トランジションで上回るスタイル」のようなわかりやすい二項対立や、「ポジショナルプレーのカウンタームーブメントとしてのリレーショナリズム」のような「ある戦術の打倒のために別の戦術が立ち上がり、それがそのリーグやコンペティション全体に普及する」といった価値観が終焉を迎えつつあることの証左だろう。このような戦術的な進歩史観に基づく大きな物語はもはや存在せず、相手の出方や自分たちの強み、弱みといったディテールの勝負で小さく盛り返していけるような、チューニング能力とバランス感覚に優れた指揮官が今後成功を収めていくと考えられ、その筆頭としてプレミアリーグ初挑戦となるスロットがこうした成果を収めているのは印象的である。一方で忘れてはいけないのが、ペップやクロップの生み出した戦術的パラダイムは、もはやありとあらゆるフットボールを構築していく上での土台となっており、そうした文脈を無視して勝ち抜くことはより一層厳しくなっているということである。
振り返ってスロットの評価としては、クロップ政権下のリバプールのウイークポイントを丹念に洗い出し、選手の特性と噛み合う形で無理のない範囲で落とし込み、手堅く勝ち点を稼いでいるといった印象になる。もちろんライバルの不調などはあるものの、優秀な指揮官の出した極めて妥当な結果と呼ぶのがふさわしい。
さて、スロットの特徴に触れるにあたって、その思考プロセスを可能な限りなぞるためにも、昨シーズンまでのリバプールの傾向をざっくり洗ってみることにしよう。クロップ就任初期はネガティブトランジション時の激しいゲーゲンプレスによるボール奪取、外切りのハイプレスからのショートカウンター、圧倒的なフィジカル能力の高さを利用したロングカウンターによってパワフルなスタイルを確立していたものの、過密日程との戦略的ミスマッチやカウンターを高確率で得点に変換してくれる選手の退団、なにより自陣深くに立てこもってスペースを消す相手に対しては崩し切れない展開が目立ち、徐々にボール保持によるゲーム支配へと舵を切ることとなる。
昨シーズンはマカリステルの加入やエリオットの高パフォーマンスに支えられる形でビルドアップの確かな改善が見られた一方で、ミドルプレスやネガトラではコンパクトな陣形が保てないシーンが目立ち、その負債を帳消しにする遠藤航の起用も、そのカバーエリアの広さを逆手に取られる形でスペースを利用され、言うなれば「数シーズン前までの自分たちの得点パターンによる失点」が目立った。失点は41と、リーグ全体では3番目であるものの、優勝したマンチェスター・シティとは7点差、2位のアーセナルとは実に12点差と、トランジションの管理の甘さが結果に滲むシーズンとなった。
スロットの与えた方向性は、次のようなものが考えられる。
・ロングカウンターやショートカウンターを主な得点源とするスタイルは継続、リバプールの文化や選手特性を加味し、ポゼッションに固執しない
・背後へのダイナミズムを担保するために、押し込み過ぎない配置
・ミドルプレスやネガトラでは、カバーシャドウと外切りを利用してスペースの制限を優先し、ボールホルダーへ突っ込むプレーは避ける、制限できたのち、人基準でアタックする
・ラインを突破された場合は、相手のスピードを吸収できるまでラインを組んで焦れずに後退。マークの受け渡しとプレスバックという最低限の規律を徹底し、とにかくスペースを空けない
繰り返しにはなるが、これら一つひとつのアイディアとそれを実現させるための戦術的モジュール自体に突飛なものはなく、昨シーズン露出した課題に対してその傷を的確に塞ぐようなものであり、かつスカッドの能力を加味して落とし込みに無理のない点が非常に評価できる。ここで、それぞれの施策について細かく見ていこう。
ビルドアップの継続性と微調整
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Profile
高口 英成
2002年生まれ。東京大学工学部所属。東京大学ア式蹴球部で2年テクニカルスタッフとして活動したのち、エリース東京のFCのテクニカルコーチに就任。ア式4年目はヘッドコーチも兼任していた。