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“ボール出しは簡単であればあるほど良い”を体現するフリック・バルセロナの本質、シャビとの根本的な違い

2024.11.11

【特集】欧州&Jリーグの
複雑化する最新ビルドアップ解析#1

バルセロナ

「ハイプレスvsビルドアップの攻防」は現代サッカーの基本としてすっかり定着し、日進月歩でブラッシュアップが繰り返されている。近年はロベルト・デ・ゼルビが率いたブライトンが見せた敵のハイプレスを誘引してその裏を取る「疑似カウンター」が注目されたが、多くの監督たちは知恵を絞って新しいアイディアの開発を進めている。今特集では、24-25シーズンの欧州サッカー、2024シーズンのJリーグの注目クラブを対象に、ビルドアップ戦術にフォーカスして分析してみたい。

第1回は、10月下旬にバイエルン(4-1)、レアル・マドリー(0-4)を連破するなど、今季開幕から17戦14勝と好調の新生バルセロナ。前監督とは異なるハンジ・フリック流のボール出しに迫る。

ハイライン&ハイプレス>ポゼッション」がボール出しにも反映

 「ボール出し」と言えばまず連想するのが、ゴールキックによるリスタートだが、最初に言っておかなければいけないのは、バルセロナに限らずどんなチームでも、この状況は少なければ少ないほど良い、ということ。なぜなら相手のシュートなりラストパスがゴールラインを割った=自陣深くに攻め込まれた証であり、自陣深くの再スタートは相手のプレスの餌食になりやすいからだ。実際、絶好調のバルセロナの試合でゴールキックからのリスタートはほとんど見ない。今季のバルセロナと言えばハイライン。敵陣で試合を進めている限り起こり得ない状況だからだ。

 一方で、GKからボール出しがスタートをする状況はしばしば見る。攻撃が手詰まりになると、ためらいなくバックパスをGKへ送って「作り直し」をする。ハイラインでGKとの距離があるから相手もプレスをかけてこない。100%安全なバックパスであり、かつ膨大なスペースを使いGKから100%安全なボールを出しができる。バックパスをGKが受ける→下がって来たCBのどちらかにボールを渡す→前を向いたCBがボールを運ぶ、これでボール出し成功である。安全なバックパスと安全なGKからのボール出しは、敵陣で試合を進めるバルセロナのスタイルが奏功している証で、よく目にする。

 相手のハイライン裏へのパスでも、このバックパスと同じ状況が生まれる。こちらは相手FWは突進してくるし、スペースがより狭く時間がより短いからGKのキックとCBのポジショニングの精度が問われる。余裕があればCBやSB経由でボール出しを行うし、余裕がなければサイドへ大きく蹴り出してプレーを切る。

 このシーンのようにリスク回避を優先し遠慮なくロングキックを使う、というのが、ハンジ・フリック監督の特徴。前監督のシャビ・エルナンデスとの最大の違いがここだ、と思う。

 フリックは[4-2-3-1]で、シャビは[4-3-3]だからボール出しのメカニズムは構造的に違う、シャビの方がよりCB+セントラルMF+CBが横並びによる「3人でのボール出し」を好むし、それによって高く開いたSBやウインガーを使うし、CBやSBがボールを持ち上がってMF化する姿をよく見た……などのメカニズムの違いがあるわけだが、根本的に違うのはボール出しに何を求めるか、という点。シャビはショートパスにこだわりリスクも負った。彼にとってはボールを保持することが重要で、ボール出しはその第一歩であり、大きく蹴ることはボール放棄だからできない。

 一方、フリックはその言動からもチームの振る舞いからもポゼッションにこだわる素振りを見せない。のちほどボール出しのモデルケースとして紹介する今季のハイライト、CLリーグフェーズ第3節バイエルン戦(10月23日)で、4-1とした時点でのバルセロナのポゼッションはいくらだったか? 42%である。同じ試合でマンツーマンの捨て身の猛プレスを喰った前半16分間でGKからレバンドフスキへのロングパスを5本送り込んで、その4本を相手にダイレクトにプレゼントしている。

 こんな調子なので、試合開始からずっと低ボール支配率だったわけだが、試合後それを問題視した者は誰もいない。もちろんフリックだってボール支配の重要性は知っているから、持たせてくれたら持つだろう。だが、ボール支配を最優先し、その優劣が勝敗に直結するようなサッカーはしていない。その考え方に準じてボール出しでも無理はしていない。ショートパスでの繋ぎにこだわり過ぎてボールロストし即、失点したシーンは記憶にない。フリックにとってボール出しとは、敵陣で試合を進めるための手段――、数的有利でボールを運び、相手に後退に余儀なくさせる手段――という位置付けではないか。

 ボール支配についてもう一つ言えば、フリックのバルセロナは攻撃にも手数をかけない。敵陣ではキック力のある両CBイニゴ・マルティネス、クバルシが裏抜けするラフィーニャ、フェルミン(またはダニ・オルモ)、ラミン・ヤマルへロングボールがどんどん入れてくる。成功すれば即1対1である反面、成功率は当然高くないわけだが、フリックにボールロストを気にしているふうはない。“ロストしてもプレスで奪い返せばまたチャンス”くらいに思っているのだろう。ハイライン&ハイプレス>ポゼッション、これがフリックのサッカーの本質で、それがボール出しにも反映されている。

対バイエルンのボール出し

 バイエルンがハイラインで1対1×10人のマンツーマンを仕掛けてきたことで、最もボール出しが困難だったので、この試合を分析対象に選んだ(リーガなど他の試合ではもっと簡単にボールを出している)。……

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。