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こだわりがないのがこだわり。人の喜びが我が喜び。熊本の「カメレオン」佐藤優也の無私無欲なGK人生

2024.10.31

【特集】チームを陰から支えるベテランGKの矜持 #5
佐藤優也(ロアッソ熊本)

GK1人しかピッチに立つことができない特殊なポジションだ。注目されるのは、ピッチ上で輝く正守護神。それ以外のGKたちにスポットライトが当たることは少ない。1つのクラブにすべてを捧げ続けてきた者、数多くのクラブを渡り歩いた経験を持つ者、常に上を目指し続ける向上心を忘れない者……チームを陰から支えるベテランGKの矜持をぜひ知ってほしい。

第5回は、2004年のプロデビューから21年、J1・J2・J3の計6クラブでJリーグ通算412試合(2024年10月末現在)に出場してきた。現在はロアッソ熊本で後輩たちの模範となる38歳の生き様を、本人の証言とともに番記者、井芹貴志が綴る。

「『人のために何かする』ことで満足を得るタイプだから」

 「たぶんさ、俺のテーマじゃないと思うよ? 30歳以上のベテランで今季あまり試合に出てないって、対象には当てはまるし、こうやって取材も受けたけど……編集の人に言っといてよ、『人選、ミスってる』って(笑)」

 佐藤優也に苦労して重たい口を開いてもらった……わけではないけれど、見かけによらずシャイなところがあるから、会話が乗ってくるまでに時間がかかるのは確か。どうにか1時間近く話を聞いて、「では、そういう方向でいきましょうか」とまとめにかかったところで、ちゃぶ台返しみたいなことを言うから困る。もちろん悪意はなく、謙虚さの裏返しか、それとも照れ隠しか、あるいは、やや神妙な空気も漂い始めたインタビューの最後を少しでも和ませようという意図だったか。そう考えると、なんとなく佐藤優也という選手の人物像に焦点が合ってくる。プレーとは違い、自ら前に出るというよりも裏でこっそりふざけては周囲を笑わせ、喜ばせ、その様子を見るのが好きなのだ。それは若い選手たちとのやり取りや、これまでのチーム内での立ち位置、ファン感謝イベントなどで見せる振る舞いからも伝わってくる。

今年10月に行われたファン感謝イベントで、終了後にハイタッチでサポーターを送り出す笑顔の佐藤(Photo: Takashi Iseri)

 プロの世界で生きているゴールキーパーは、どちらかといえば自己主張が強く、ストライカーと同じように我欲の強いキャラクターが多いのではないかと思う。たった1つの定位置を3〜4人で争うのだから、そうでなければやってられないところはあるだろう。しかし佐藤は自らについて、「受け身タイプだと思う」と話す。

 「そういうキーパーもいると思うけど、自分がやったことで喜んでもらうのが好きなのかもしれない。逆の性格なら、FWをやってたと思うもん。Jリーグで100点以上取ってる選手たちって、大久保嘉人、佐藤寿人、原ちゃん(原一樹)もそうだし、船山(貴之)もそうだけど、私生活でもだいたい自分を一番に考えてるからね(笑)。でもそういう性格じゃなきゃ、点取れないよなと思う。だって、俺によこせって言えなきゃいけないわけじゃん? それを求め続けて点を取ってるわけだから、FWはすげえなって思うよね」

 そうした性格が形成された背景には、これまで6つのクラブを渡り歩いてきた豊富なキャリア以前に、少年期の経験があるようだ。ゴールキーパーになったのも、そのポジションに魅力を感じたことが理由ではなかった。

 「他のことで褒められることはなかったけど、サッカーの中で褒められるのはキーパーをやっている時で、ガッツがあるとか、ボールを怖がらないとか、そういうところで上の学年の試合に出られたんですよ。5年生の時に6年生の試合に出たりして、褒められるのが嬉しいって感情が湧いてきた。性格的にも『人のために何かする』ことで満足を得るタイプだから」

 人に喜ばれること――。それが、佐藤優也がゴールキーパーとしての道を選ぶ動機になった。

Photos: ©AC KUMAMOTO

「サッカーやめないで」――家族の存在と覚悟のJ3熊本入り

 今回の原稿を書くにあたって思い出したのが、2021年のJ3リーグで逆転優勝を果たし、J2復帰を決めた後に行ったインタビューで語っていた家族との関係だ。佐藤優也というプレーヤーの横顔をより浮かび上がらせるヒントとして、改めて少し引いておきたい。

 佐藤は小学生の頃、両親の離婚を経験している。しかし、千葉の名門、市立船橋高校に進んで県内外で試合をする機会が増え、さらにはその後プロとなったことで、両親がそろって、佐藤が出場する試合を見に来るようになったという。

 「父親と母親が息子の試合を見るって、自分にとっては当たり前のことじゃなかったから、すごく嬉しくてね。そのうち、『老後も心配だし、また一緒に住むよ』ってことになって。再婚したわけじゃないんだけど、実家に帰れば両親がいるっていう、当たり前の家族の関係を取り戻せて、サッカーをやってきて良かったなって思えたんです」

熊本がJ3優勝を果たした2021年、佐藤は移籍1年目から正GKに定着して26試合(全28節)に出場。J2に昇格した2022年もリーグ戦36試合(全42節)、J1参入プレーオフ全3試合でゴールを守った

 それまでの節目のタイミングで呼べていなかったからと、Jリーグ通算400試合出場を果たした暁にはセレモニーに招待して感謝の想いを伝えたいと話していた父は、無念にもJ2復帰を知らせて間もない同年12月、がんのため他界し、願いは叶わなかった。しかし、自分がサッカー選手としてプレーすることで身近な人が喜んでくれるという実体験は、佐藤の胸の奥底に強く刻まれているように思われる。5シーズンプレーしたジェフユナイテッド千葉を契約満了となった2020年には現役を退くことも頭をよぎったそうだが、その時も家族のひとことが次の1歩を踏み出すきっかけになったと話していた。……

Profile

井芹 貴志

1971年、熊本県生まれ。大学卒業後、地元タウン誌の編集に携わったのち、2005年よりフリーとなり、同年発足したロアッソ熊本(当時はロッソ熊本)の取材を開始。以降、継続的にチームを取材し、専門誌・紙およびwebメディアに寄稿。2017年、母校でもある熊本県立大津高校サッカー部の歴史や総監督を務める平岡和徳氏の指導哲学をまとめた『凡事徹底〜九州の小さな町の公立高校からJリーガーが生まれ続ける理由』(内外出版社)を出版。