FEATURE

最善手の応酬は「既知の展開」に収束する――因果を抜け出す鍵はプレーメイカーの「集合知」化

2024.10.05

【特集】プレーメイカーは絶滅するのか?#8

インテンシティの重視、ビルドアップの機能分散が加速する現代サッカーに、果たしてプレーメイカーの居場所は存在し続けるのか?トニ・クロース、チアゴ・アルカンタラという時代を彩った名手が相次いで現役を引退した今、考える司令塔たちの未来。

最終回となる第8回は、エリース東京の山口遼監督に特集の総括をお願いした。「最近のフットボールはつまらない」と感じる源泉は何なのか? 我われはプレーメイカーという存在に何を投影しているのか? よりよりフットボールの未来のために必要なものは何か?――「現代フットボールのつまらなさの根源である『既知の展開の繰り返し』を打破するような戦術的な革新が必要になる」。

 「プレーメイカー」なる存在は、「ファンタジスタ」が絶滅しつつある現代フットボールにおける最後に残された“ロマンの象徴”だった。

 しかし、トニ・クロースやチアゴ・アルカンタラが続けざまに引退し、ベラッティも中東へと移籍し欧州の表舞台から姿を消した。いよいよプレーメイカーに関しても絶滅の時が来たという声もささやかれ始めている。

 そもそも、アスリート化が進んだ現代サッカーにおいてプレーメイカーやファンタジスタなど、フィジカルよりもテクニックや知性といった質的な武器を拠り所にした存在が“絶滅”を危惧される流れは今に始まった話ではない。このような危惧が叫ばれるということは、逆説的に言えばスポーツ的なマッチョイズムへのアンチテーゼ的な存在として、プレーメイカーやファンタジスタ、小柄(かつ細見)な選手といった者たちがフットボールの魅力として期待され、受け入れられてきた背景があるだろう。

 そのような意味でも、これからフットボールの世界が、知的で、テクニカルで、繊細な存在が存在できないようなものになっていくとすれば、味気なく退屈になってしまうかもしれない。今回は、「プレーメイカー」特集の総論として、フットボールの持つ知的な魅力はこれからどのような方向に向かって進んでいくのかについて議論してみようと思う。

「プレーメイカーの死」が意味するところ

 プレーメイカーやファンタジスタといった、いわゆるクリエイティブなプレーヤーが絶滅の危機に瀕していると言われ始めて久しいが、欧州のトップクラブに目を向けてみるとそれは必ずしも正しいとは言えない。試しに、5大リーグ上位でプレーメイカーと呼べる選手あるいはクリエイティビティやプレーメイクの要素を一定程度備えている選手を筆者の主観ながら挙げてみると以下のようになる。カッコの中に示したのはアタッカー色がやや強いが、プレーメイキングにも適性を示し、部分的にならそのタスクを請け負えるような資質を持っていると判断した選手である。チーム内の序列など、プレースタイルとは別の理由で割愛した選手もいることはご容赦いただきたい。

イングランド

シティ:ロドリ、ベルナルド・シルバ、ケビン・デ・ブルイネ(フィル・フォデン)
アーセナル:マルティン・エデゴー、ジョルジーニョ
リバプール:アレクシス・マカリステル、ライアン・フラーフェンベルフ
チェルシー:エンソ・フェルナンデス
トッテナム:ロドリゴ・ベンタンクール、イブ・ビスマ(ジェイムズ・マディソン)
マンチェスター・ユナイテッド:(ブルーノ・フェルナンデス)

スペイン

バルセロナ:ペドリ、マルク・ベルナル、マルク・カサド(ダニ・オルモ)
レアル・マドリー:ルカ・モドリッチ(アルダ・ギュレル)
アトレティコ・マドリー:コケ(アントワーヌ・グリーズマン)

ドイツ

バイエルン:ヨシュア・キミッヒ
レバークーゼン:グラニト・ジャカ、ヨナス・ホフマン(フロリアン・ビルツ)

イタリア

インテル:ハカン・チャルハノール
ユベントス:マヌエル・ロカテッリ(ニコロ・ファジョーリ)

フランス

パリSG:ビティーニャ

 極めて主観に基づいた選出で恐縮ではあるが、現代フットボールの頂点を争うレベルにおいて少なくともこれだけの選手がクオリティや知性、クリエイティビティといったものを武器にプレーしているように筆者は感じている。これを多いととるか少ないととるかは個人の解釈によるかもしれないが、「現代サッカーのアスリート化の傾向によってクリエイティビティが死んだ」という主張は流石に言い過ぎというものだろう。

 一方で、ここに挙げたMFたちの中で「純粋なプレーメイカー」がどれだけいるのかと問われると、これもまた非常に悩ましい。「プレーメイカー」の定義は非常に曖昧であり、特定のポジションを指すものでもなければ、プレースタイルの定義としても明確な区分があるわけではない。だが、少なくとも一般にイメージされるような「ピッチの中央で」、「長短のパスやキープ力を駆使しながら」、「ボールの前進や攻撃ルートの構築を一身に担うような存在」として定義するなら、上記に挙げた中でそれに該当するのはジョルジーニョ、ビティーニャ、そしてプレーのサンプルは少ないがベルナルくらいではないだろうか。

8月に前十字靭帯損傷の大ケガを負うも、翌月末に3年間の延長オプションが含まれる2026年までの契約延長が発表されたベルナル。5億ユーロという解除金からも、バルセロナが寄せる期待の大きさがうかがい知れる

 かつてのアンドレア・ピルロやシャビ・エルナンデスといった典型的なプレーメイカーと比較した時に、「プレーメイカーは絶滅しつつある」と感じてしまいがちな我々の心理の中には、以下のようなものが含まれていると感じている。

・プレーが万能化し、プレーメイカー以外のタスクもこなせるようになった(崩しでの貢献やフィジカルを活かした守備での貢献など)ことで、「純粋な」プレーメイカー感が失われた。

・一つひとつのプレーはテクニカルだが、古典的なプレーメイカーが持っていたような「1つ先の展開を読むような聡明さ、知性」を感じさせるような選手が減った。

 前者はプレーヤーの進化によって生まれてきてしまった言いがかりのようなものだが、後者に関しては確かに悩ましい。戦術的にこれまでとは別次元に洗練されている現代フットボールでは、良くも悪くもフットボールというゲームは分解され、整理されつつある。一方で、選手のアスリート化によってプレーのスピードは年々加速していくばかりであり、個々の局面の激しさと、それに伴う認知的な複雑性は過去とは比べ物にならないほど高くなった。今日では、「遅いプレー」の旗手であったペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティですら、速いスピードでプレーをするのが当たり前になっているくらいだ。

 マクロに見れば戦術は洗練され、予測可能ないくつかのパターンに展開が収束していく一方で、ミクロに局面を見ればスピードやパワーが増すことで瞬間的な認知負荷は年を追うごとに増していっている。当然ながら、そのような環境下で求められるのは既存の展開のパターンを素早く認識すること、「今この瞬間の」認知にリソースを割くこと、そしてそれらを踏まえて既存の展開のパターンにおける「正解」を認識し、素早く正確に実行することになる。

 より具体的に言えば、シャビが相手のプレスを引きつけてクルクルと回転してスペースを生み出していたかつてと違い、(目的地を互いに知っていたとしても)相手より早く正確に目的地に進めば良いという話になり、実際にそのような技術もフィジカルも備えた選手は存在している。そもそも守備側は誘われたからといってスペースを空けて食いつくようなことはせず、多くの場合プレスに失敗すると素早く帰陣するので、工夫の余地なく押し込む攻撃チームvsドン引きする守備チームの構図ができ上がり、それを崩せるのはシンプルにキック・コントロールの質か、スピードやパワーといったわかりやすいクオリティである。そこに知性や判断、駆け引きが介在する余地は少なくなってしまった。

CL公式Xがまとめたシャビのプレー集

……

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd