トニ・クロースが稀代のプレーメイカーたる所以。モダンサッカーのトレンドとレアル・マドリーのジレンマから浮かび上がる特異性
プレーメイカーは絶滅するのか?#4
インテンシティの重視、ビルドアップの機能分散が加速する現代サッカーに、果たしてプレーメイカーの居場所は存在し続けるのか?トニ・クロース、チアゴ・アルカンタラという時代を彩った名手が相次いで現役を引退した今、考える司令塔たちの未来。
第4回では、トニ・クロースが稀代のプレーメイカーであり続けた理由を分析。モダンサッカーのトレンドとレアル・マドリーのジレンマから浮かび上がるその特異性とは?
欧州王者のスカッドにキリアン・ムバッペという世界最高峰のストライカーを迎え、昨季のリーガとCLの2冠を上回るすべてのコンペティションでのタイトル獲得を目指すカルロ・アンチェロッティ第2次政権4シーズン目のレアル・マドリー。アトレティコ・マドリーとのダービーマッチを控えるラ・リーガでは7試合で5勝2分と、まずまずのスタートを切っている。しかしケガ人が続出しているという不運を考慮しても内容の良くない試合が多く、現時点の完成度では7戦全勝で首位を走るバルセロナの後塵を拝する状況となっている。
うまくいっていない理由がビルドアップの局面に隠されていることは誰が見ても明らかである。稀代のプレーメイカーであったトニ・クロース引退の衝撃はあまりにも大きく、アタッカーであるムバッペをただ空いた1枠に当てはめるだけで勝てるようになるほどフットボールは単純ではない。開幕からおよそ1カ月が経過したが、アンチェロッティは試合ごとに選手の組み合わせを変えながら、最適な攻守のバランスとビルドアップのメカニズムを模索している最中といったところだろう。
現代サッカーの文脈。“プレーメイカーの分散→属人化”というトレンド
育成論やコンディショニング論の発展に伴う選手のアスリート化、ペップ・グアルディオラが起点となり普及したポジショナルプレーとその対抗策としての守備戦術の進化、ユルゲン・クロップらが打ち出したインテンシティ重視、いわゆるストーミング志向のゲームモデルなど、多くの要素の相互作用によって昨今のフットボールにおける中盤より前/より価値の高い中央のスペースを選手が自由に使うことのできる時間は限りなく減りつつある。
こうした背景から、各チームはポジショナルプレーの文脈の上で様々な工夫を施してきた。その工夫を簡潔に言い表すとすれば、プレーメイカーという役割の分散だろう。
一般的にほとんどのチームが守備時には3ライン(FWライン/MFライン/DFライン)を形成する。よって相手がMFラインの手前と奥のスペースを狭めてコンパクトな陣形を保ったとしても、当然FWラインの手前にはスペースが残されているため、最後方の選手たちには時間が与えられることになる。ここでフリーとなる選手がいかに複数の選択肢を持ちながら相手と駆け引きし、より状況を良くする判断を下すことができるかどうかが前進のしやすさを左右するため、エメリク・ラポルトやパウ・トーレス、エリック・ガルシアらスペイン人を中心にボールの扱いに長けたCBが脚光を浴びた。またエデルソン・モラエス、アリソン・ベッカー、テア・シュテーゲンなどDFラインの奥を含む広範囲に正確なボールを送り届けられるGKが長年トップレベルで活躍を続けてきた。
また、アンカーのポジションにはインテンシティが高くオープンな試合展開にも耐えうる守備能力を兼ね備えるモダンなMFを起用し、比較的守備負担が軽減される1列前のインサイドハーフにプレーメイカーとしての適性を持つMFを置くことで、攻撃時に彼らが立ち位置を入れ替えながらボールに関与し、前進を目指すチームも増えている。マンチェスター・シティのロドリとベルナルド・シルバ、アーセナルのデクラン・ライスとマルティン・エデゴー、リバプールの遠藤航とアレクシス・マカリステル、バルセロナのフレンキー・デ・ヨングとペドリの関係性などがその例として挙げられ、ペップの考案したジョアン・カンセロ(現アル・ヒラル)の偽SBやジョン・ストーンズ、マヌエル・アカンジの偽CBもポジションチェンジの構造を変えることでプレーメイカーの役割を分散させるという点では同じことである。いずれにせよ、こうした振る舞いを高いレベルで機能させるには確固たるゲームモデルの存在とプレー原則の浸透が前提となっている。
それでもなお進化を続ける守備戦術を攻略するために、この流動的なポジショナルプレーの枠組みに“個人として”高いクオリティを誇るプレーメイカーを再び組み込むケースが出てきた。その新時代の旗手となっているのが、パリ・サンジェルマンのビティーニャである。卓越したポジショニングとボールスキル、とりわけシャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタを彷彿とさせるカラコーレスを多用したボールキープによって、激化する中央スペースの奪い合いを制している。
“中央”でも“MFライン手前”でもない。プレーエリアに見るクロースの特異性
長年にわたりカセミロ(現マンチェスター・ユナイテッド)とインサイドハーフ/アンカーの関係性を構築し、昨季はオーレリアン・チュアメニ、エドゥアルド・カマビンガ、フェデリコ・バルベルデというまさにモダンなMFたちと中盤でペアを組んだクロースは、先に挙げたトレンドと完全に無関係というわけではなさそうである。実際にマドリーでの彼の振る舞いを注意深く振り返ると、トレンドとの関連性だけでなく、その中でいかに彼が異質なプレーメイカーであったのかが浮かび上がってくる。……
Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki