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「AIは潜在的な伸びしろを評価できる」:STATS Perform南欧担当ビジネスマネジャーが解説するサッカーデータ最前線(後編)

2024.08.31

日本と世界、プロとアマチュア…
ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線
#14

日本代表のアジアカップ分析に動員され注目を集めた学生アナリスト。クラブの分析担当でもJリーグに国内外の大学から人材が流入する一方で、欧州では“戦術おたく”も抜擢されている今、ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線に迫る。

「私もこれだけ短期間でマーケットが大きく変わっていくとは思ってもみませんでした」とは、STATS Perform南欧担当ビジネスマネジャーであるトンマーゾ・レフィーニの弁。リーディングカンパニーでサッカーデータの最前線を生きてきた彼に、欧州サッカーで「今」起きているデータ革命を聞いた。 

後編では、技術/戦術データ、フィジカルデータ、『アドバンスト・スタティスティックス』(進んだデータ指標)が現場でどう活用されているのか、そしてデータビジネスの未来はどう進んでいくのかを考察してもらった。

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「データの統合」がもたらした変化

――ここからは、個別の領域についてそれぞれ掘り下げていければと思います。まずはデータ本来の用途というべき、フットボールの世界の内側について。まず、監督とテクニカルスタッフ向けの技術/戦術データがあり、これはビデオアナリシスとつながっていますよね。もう1つ、オプティカルトラッキングやGPSから得られる位置情報を元にしたフィジカルデータがある。さらにスカウティングや強化部門は、おそらくこの両方を使って仕事をしているかと思います。

 「はい。技術/戦術データとフィジカルデータは、今ではもはや不可分と言っていいほどに結びついています。かつては、戦術コーチやマッチアナリストがパスやシュートといったボールイベントに関わる技術/戦術データを分析し、フィジカルコーチは別の部屋でトラッキングによって得られるスピード、インテンシティ、代謝能力といったフィジカルデータを分析していました。しかし今はテクノロジーの進歩とコーチングメソッド、トレーニングメソッドの進歩が重なって、これらを統合し一体として扱うことが不可欠になっています。フィジカルデータを扱う時に、戦術的な文脈を抜きにすることはできませんし、技術/戦術データを扱う時にも、フィジカル的な側面を無視することはできない。トラッキングから得られた位置情報データは、フィジカル領域だけでなくボールに関与していない選手の戦術的な動きをモニターするためにも使われています。いずれにしてもデータそのものだけを見るのではなく、ビデオ分析と関連付けて扱わなければ核心に迫ることは難しい。

 かつてと今の最も大きな違いは、オプティカルトラッキングやGPSといった技術の進歩以上に、技術/戦術データ、フィジカルデータ、ビデオ分析という3つの領域が完全に統合されたということです。10年前は、この3つのセクションはチームの中でもはっきりと分かれていました。我われの仕事の接点としてもそうです。私は当時、フィジカルコーチと話してフィジカルデータについてのリクエストを聞き、監督やアシスタントコーチと技術/戦術データについて話し、ビデオアナリストとビデオ分析について話していました。しかし今は三者全員が集まってミーティングを行っています」

――具体的には、どういった話し合いが行われるのでしょう?

 「単純な例を1つ挙げましょう。ある選手があるプレーのシークエンスにおいてフィジカル的に見て非常に優れた数値を記録したとします。しかしその時、戦術的に見れば明らかに誤った選択をした、あるいは技術的なミスを犯したとしたら、いくらフィジカル的に優れた数値を出したとしてもポジティブに評価することはできませんよね。ここで重要なのは、フィジカル的に優れた数値を出したことではなく、プレーをミスしたことであり、それを総合的な観点から評価することです。フィジカルだけを取り出して評価することに意味はない。そしてこのプレーをどのように改善するか、そのためにどのようなトレーニングを行うかにも、フィジカル、技術、戦術という異なる観点からの統合的な判断が必要です」

――そうした総合的な判断を助けるような、技術/戦術、フィジカルを統合したパラメータがあったりするのでしょうか?

 「いえ、そこはデータではなく人が評価、判断する領域です。我われの仕事は、客観化できるあらゆるものをすべて客観化することにあります。技術/戦術、フィジカルのパフォーマンスに関する客観的なデータを用意し、客観的に分析し、それを評価、判断の材料として提供する。そこまでです。そこから先は、監督やテクニカルスタッフの領域になる。監督によってサッカー哲学もプレー原則もトレーニングメソッドも異なっています。我われが提供したデータをどう解釈し、どう活用するかに正解はありません。我われは、監督やアナリストの要望に合わせてデータ収集や分析の基準をパーソナライズすることはできますし、実際にしています。キーパスをどう定義するか、1対1突破の成功と失敗をどこで線引きするか、といった部分ですね。しかしそうして出てきたデータの評価と解釈にまでは踏み込みません」

『アドバンスト・スタティスティックス』の利用法

――ただ、客観化の手法も進歩してきていますよね。この10年間でxG(ゴール期待値)をはじめフィールドティルト、エクスペクテッド・スレット(脅威期待値)、危険度指数Indice di pericolositàのような新しいデータ項目が数多く開発されています。そうした部分の進歩については?

 「xGをはじめとする『アドバンスト・スタティスティックス』(進んだデータ指標)も進化しています。例えばxGひとつを取っても、Optaが初めてこれを導入した10年前と比べると、その精度は大きく高まっています。評価のために使われるパラメータがずっと精緻化していますし、それを計算するAIの能力も大きく高まっています。昔はゴールとの距離、角度、GKとDFの位置、シュートの種類といった比較的単純なパラメータが使われていましたが、今は敵味方の選手の位置関係や動線、試合展開、身体の向きといった情報までがパラメータに含まれています。これはオプティカルトラッキングの技術が進んだことで可能になったものです。パラメータとサンプルが増えることでAIの精度も高まっていきますからね。

 今挙がったような新しいデータ項目はすべて、数多くのパラメータをAIが分析することを通じて、データにこれまでとは異なる角度からの客観的な解釈を加え、監督やアナリストの評価と判断を助けるものです。我われはプレシーズンにクラブを訪れて監督をはじめとするテクニカルスタッフとミーティングを行い、そこでどのようにデータをパーソナライズするかを話し合います。その時には例えば、このパラメータを使ってこのデータを分析するとこういう結果になるけれど、それはそちらの解釈と合っているか、というようなやり取りがあって、最終的には相手の要望に合う形でパラメータをカスタマイズすることが多いですね。スタンダードなパラメータや分析プロセスはそれはそれで残して、それとは別にカスタマイズしたパラメータで導いた分析結果も用意する、という形です。スタンダード版とカスタマイズ版、2つのバージョンを提示することで、評価と判断の材料がより増える」

――カスタマイズされた試合データはどのタイミングで提供されるのでしょうか?

 「試合の翌日ですね。ポータルサイトを通じて各クラブに提供するフィジカルデータについても同じです。以前はどのクラブにも同じスタンダードなデータを提供していました。しかし今はセリエA20チームに提供しているフィジカルデータは、20通りにカスタマイズされたものです。ミッドウィークに試合があるクラブとないクラブでは、必要とするフィジカルデータも異なりますし、トップレベルのプレーヤーを揃えたクラブと中小クラブでも異なります。元の生データは同じでも、提供されるデータの内容はそれぞれ違う。試合の間隔もトレーニングメソッドも選手のクオリティも異なる以上、それに合わせたカスタマイズ、パーソナライズは不可欠です。それができなければ顧客を得ることはできない、というレベルで重要です」

データとプライバシー問題

――フィジカルデータは、トラッキングによって得られる位置情報データ以外にも、GPSとウェアラブルデバイスを通じて心拍数や呼吸数、VO2Max (最大酸素摂取量)や乳酸閾値のようなメディカルに近いデータも収集できるようになっていますよね。データ会社はそうしたプライバシーに関わるようなデリケートなデータも扱っているのでしょうか?

 「それに関しては、試合に関するデータとトレーニングに関するデータを区別する必要があります。我われが収集し提供しているデータは、スタジアムで行なわれる試合に関するもの、ビデオアナリシスとオプティカルトラッキングによるデータに限られています。一方トレーニングに関しては、GPSデバイスやソフトウェアを販売・供給してはいますが、データそのものは全面的にプライバシーに関するものなので、クラブが収集し管理しています。所有権はクラブと選手本人にあり、もちろん外部に販売することは許されていません。我われもハードウェアとソフトウェアを供給するだけの立場です。ソフトウェアに関してクラブから求められたのは、我われが提供しているGPSハードウェアからのデータだけでなく、他のソースからのデータも入れて統合的に扱えるようにしてほしい、というものでした。

 オプティカルトラッキングから得られる試合のフィジカルデータは、現在ではクラブではなくリーグが集約的に扱っており、すでに見たようにその二次使用権を販売してもいます。これに関しては、リーグとクラブが、それを外部に売るか売らないかを判断することになります。我われはデータサービスの提供者という立場です。ビデオアナリシスによって得られるボールに関するイベント、技術/戦術データの扱いはまた異なります。この種のデータ収集と提供のサービスを行っている会社は我われも含めて少なくありませんし、それを誰に販売・提供するかも自由です」

――こうして見るとデータの領域は、収集の手段によってビデオによる技術/戦術データ、トラッキングによる位置情報データ、GPSやウェアラブルデバイスによるフィジカル/メディカルデータに大別することができるわけですね。

 「はい。それぞれ領域も扱いも少しずつ異なっています。最もデリケートなのはGPSとウェアラブルのデータですね。これはフィジカルとメディカルのボーダーライン上に位置しており、プライバシーに関わる情報として守られるべきものです。日曜日の試合で35本のパスと3本のシュートを打ったという情報はプライバシーとは関係ありませんし法的にも自由に売買が可能ですが、水曜日のトレーニングで心拍がどのくらいまで上がり、回復にどれだけ時間がかかったか、ある選手のVO2Maxや乳酸閾値がどのくらいの数値なのかは、全面的にプライバシーに関わる情報です」

GPSデバイスが背中にあるブラジャーを着けてトレーニングに臨むラツィオの選手

最適化されるスカウティング。レベル1~3で1000リーグ以上を網羅

――チームの現場だけでなく強化部門、スカウティングにおいてもデータの重要性は増しています。STATS Perform傘下のオプタでは、世界中のリーグ戦をカバーしていますよね。……

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。