FEATURE

STATS Perform南欧担当ビジネスマネジャーが解説するサッカーデータ最前線(前編):AIとコロナ禍で加速した「予想以上の変化」

2024.08.27

日本と世界、プロとアマチュア…
ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線
#13

日本代表のアジアカップ分析に動員され注目を集めた学生アナリスト。クラブの分析担当でもJリーグに国内外の大学から人材が流入する一方で、欧州では“戦術おたく”も抜擢されている今、ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線に迫る。

「私もこれだけ短期間でマーケットが大きく変わっていくとは思ってもみませんでした」とは、STATS Perform南欧担当ビジネスマネジャーであるトンマーゾ・レフィーニの弁。リーディングカンパニーでサッカーデータの最前線を生きてきた彼に、欧州サッカーで「今」起きているデータ革命を聞いた。  
 
前編では、欧州サッカー最前線のデータ活用は10年単位で何が変わったのか、サッカー外の領域への拡大、そして現在のデータ会社勢力図まで貴重な情報を明かしてもらった。  

サッカーデータ革命の歴史  

――STATS Performは、プロサッカーにデータ分析が導入された黎明期の1990年代から事業を行ってきたリーディングカンパニーですよね。それからの30年間にビデオトラッキング、GPSといった新しいテクノロジーが入ってきて、それによってデータの世界も、供給できるデータの種類、その使われ方の双方で大きく変化し、進歩してきたと思います。まずはそうした歴史的な流れをざっくりおさらいして、そこから各論を掘り下げていくことができればと思っています。

 「オプティカルトラッキングとGPSは、この世界に最も大きな進歩をもたらしたテクノロジーです。何よりも、収集できるデータ、分析すべきデータの量が飛躍的に増えた。オプティカルトラッキング以前は、アナリストが現場で、あるいはビデオを通して試合を見ながら、ボールに関わるイベントを手動で拾い記録していくだけでした。しかしオプティカルトラッキングによってボールだけでなく審判を含めたピッチ上の23人すべての動きをリアルタイムで追うことができるようになり、それによって技術/戦術だけでなくフィジカル分野にまでデータの領域が広がって、監督以下のテクニカルスタッフは膨大な量のデータに向き合わなくてはいけなくなりました。

 それと同時に、試合やトレーニングのモニタリングと分析の客観化が一気に進んだ。オプティカルトラッキングの先駆けはフランスのアミスコ、イングランドのプロゾーンという2社ですが(その後合併)、当初オプティカルトラッキングのデータは、もっぱらフィジカル的な側面の分析だけに使われていました。それを担当するのはフィジカルコーチで、マッチアナリストはそれとは別にビデオを使って試合分析を行っていた。この2つ、すなわち技術/戦術データとフィジカルデータの扱いが完全に統合され、その分析にもAIが入ってくるようになった今とは、そこが大きく異なります。オプティカルトラッキングによるデータ収集は試合だけに限られていましたが、そこにGPSが入ってきたことで、試合だけでなく毎日のトレーニングでもデータ収集と分析が可能になりました。その意味で、プロサッカーの現場にデータを通した客観的なモニタリングと分析という作業を本格的に持ち込んだのは、フィジカルコーチとそのスタッフだったと言うことができるでしょう」

――オプティカルトラッキングとGPSの導入は、時期的にいつ頃のことだったのでしょう?

 「15年くらい前でしょうかね。プロゾーン(当時、現在はSTATS Performに吸収)がレーガ・セリエAにオプティカルトラッキングによるフィジカルデータを提供するようになってから、ちょうど10年経ちました。それ以降、フィジカルデータはリーグが集約的に扱って各クラブに提供する仕組みになっていますが、それまでは各クラブが個別に契約していました。オプティカルトラッキングにしてもGPSにしても、予算の問題からすべてのクラブが持っているわけではなかった。予算のあるビッグクラブは、内部にビデオアナリストやデータ分析担当のフィジカルコーチを抱えていましたが、中小クラブは、戦術分析をするビデオアナリストやアシスタントコーチはいても、フィジカルデータを収集するためのハードウェア(オプティカルトラッキングにしてもGPSにしても)を持っておらず、したがってフィジカルデータを分析する担当者もいないところが多かった。

 最も大きな変化は、リーグ単位でオプティカルトラッキングを導入するようになり、それによって収集された技術/戦術データとフィジカルデータを集約的に扱って各クラブに提供する仕組みが確立されたことです。これによって、ユベントスやミランでも、セリエBから昇格してきた弱小クラブでも、同じように技術/戦術とフィジカルのデータをリーグから入手できるようになった」

――データの民主化が進んだということですね。

 「そういう言い方もできますね。これは本当に大きな変化でした。すべてのクラブが大量のデータを入手できるようになったことで、それまでこの分野に力を入れてこなかった中小クラブまでが、データが持っているポテンシャルを理解し、積極的に活用するようになったわけですから。私がこの仕事を始めた2010年の時点で、スタジアムにオプティカルトラッキングの設備を導入していたクラブは、セリエAのおそらく半分くらいだったと思います。今はセリエAとBの全クラブが、リーグからデータの提供を受け、そのデータを分析するためのアナリストを、テクニカルスタッフとフィジカルスタッフの双方に抱えているのが当たり前になっています」  

テクノロジーと人間の専門性は両輪

――テクニカルスタッフではビデオアナリスト、フィジカルスタッフではデータアナリストがそうですよね。

 「ええ。以前は監督と行動をともにするテクニカルスタッフの中に、マッチアナリストとビデオアナリスト(しばしば1人が兼任していた)がいて、フィジカルコーチがデータアナリストを兼任したりデータ専門のアシスタントをつけていたり、というのが普通でした。近年はそれに加えてクラブ付きのビデオアナリストやデータアナリストを抱えているところも多くなっています。  
 
 もう1つの大きな変化は、スカウティング部門へのデータの導入です。10年前までは、ビデオスカウティング(映像を通したプレー分析)とライブスカウティング(現場での試合観戦)という二本立てが基本でした。しかしここ10年ほどは、どのクラブも単純なスタッツはもちろん技術/戦術、フィジカルのデータも組み込んだ自前のデータベースを持つようになっています。そうした膨大なデータを有効に扱うためには、データを扱う技術を持っていることはもちろん、それをスカウティングに役立つ形に『翻訳』する能力の持ち主が必要不可欠です。そうでなければ、いくら膨大なデータを持っていても、それをクラブの競争力向上に結びつけることはできません。どれだけデータを持っているかではなく、そのデータから3つ、4つ、5つの本当に重要かつ有効な情報、チームが必要としている選手、クラブの予算にあった選手を選ぶための情報を導き出せるかどうかが勝負なのです」

――クラブがデータ分析に投資するのは、それを活用することによって競争上の優位性を手に入れることが目的であり、それが得られなければ意味はない、目的と手段を取り違えるだけに終わってしまう危険もあると。

 「はい。問題はデータの量ではなくデータの質だということです。もちろん十分な量のサンプルデータを確保することは基本ですが、それはあくまで質の高いデータを手に入れるために必要だからという話であって、目的はあくまで最終的に目的に合った有効な情報を導くことにあるということです」  
 
――特にスカウティングの分野においては、遠からずデータ分析が人間を置き換えることになるだろう、というような話になることが今でもありますよね。

 「もちろんそれは大きな間違いであり、むしろ逆です。データの量が増えれば増えるほど、それを正しく扱いそこから競争上の優位につながる情報を導き出せる専門家が必要になるからです。ですから、データをめぐるテクノロジーの進歩と、それを扱う人間の専門性は両輪だと言うべきでしょう。データが導いた結論が人間が導いた結論に勝つとか負けるとか、そういう話ではありません。データと情報をめぐるすべてのアプローチをいかに統合して、より大きな優位性を生み出すかという話です。……

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。