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熾烈な競争フェーズでいわきが注力するのは「クラブとしてチームビルディングで人を育てる」という考え方【大倉智代表取締役インタビュー(後編)】

2024.08.20

【特集】いわきメソッドの正体#2

「日本のフィジカルスタンダードを変える」――2016年から始まった革命は、瞬く間にJ2までたどり着いたピッチ上の成果、インテンシティが重視される世界のサッカートレンドの後押しも受け、日本サッカー界で独自の立ち位置を築きつつある。現在はレンタル選手の武者修行先としても評価を高めている「強く速いフィジカルを作る」メソッドの正体に、様々な関係者への取材を通じて迫っていく。

第2回は、いわきFCの大倉智代表取締役インタビューの後編をお送りしたい。後編では流動性が加速する近年の移籍動向に対するクラブの立ち位置、競争時代を生き抜く考え方などを語ってもらった(取材場所:いわきFCパーク/取材日:8月9日)。

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サッカー界は遅れているという危機意識

――改めて、いわきFCのコンセプトの部分について伺いたいのですが、言葉にするとどういうものになるのでしょうか?

 「チームフィロソフィーには、『クラブとしてチームビルディングで人を育てていく』、そういう言葉を掲げています。それに伴い、24時間、ありとあらゆるトレーニング、食事、睡眠、サプリメント、メディカル系も含めたところまで、クラブとしてしっかり揃えて選手に提供していく。我々がやるべきことはそこに尽きるんです。これはメソッドというよりも、当たり前のことだと思うんです。世界では当たり前にやっていることなので」

――当たり前にやることで、日本では他クラブとの違いや差が明確に出てきますね。

 「差が出てきたかはわかりませんが、ベースになる選手自身の身体がより大きく、速く、強く、動かせるようになれば、よりフットボールは速くなるし、イコール、興行に繋がると考えています。クラブとしては『魂の息吹くフットボール』によって皆さんに感動を提供し、この地域に次なる光を提供したい。そのために逆算したフットボールとして、『魂の息吹くフットボール』、90分間止まらない、倒れないフットボールをしないといけない。そうするために選手たちは身体を鍛えないといけない。それは興行としての成功、そして、プレーする選手にとって豊かなサッカー人生に繋がること、この二つの軸が走っているイメージです。それを9年間継続してやってきましたが、答えがない中で毎年アップデートしながら、クラブとしてより選手が成長できる環境をひたすら作っています。なぜならば、それが勝利に繋がるからです。

Photo: ©IWAKI FC

 チームビルディングの中では『選手の成長曲線と勝利は相関する』という言葉も掲げています。去年はJ2の初年度の壁にぶち当たってパフォーマンスが落ちましたが、絶対に夏以降にはパフォーマンスが戻って来るという確信があったので慌てませんでした。今年も色々あったけれどまたパフォーマンスが戻ってきました。選手の成長と勝利は相関するというのは、身体作りをしっかりとやっているからこそ、そのサイクルが回っていくのだと考えています」

――選手の成長を考えたときに、いわきFCの選手たちは身体が動く、という一般のイメージが浸透していると思います。一個人の選手の成長に言及するときは、テクニカルにうまくなるなど色々な視点があると思いますが、その中でフィジカルに着目された理由はあるのでしょうか?

 「このクラブを作るときにドームという会社の経営陣はほとんどがアメフト出身だったんです。安田秀一というオーナーを中心にしながら話をするなかで、彼らの話に耳を傾ければ、身体作りにおいてアメリカが取り組む姿勢、その発達具合と日本のサッカー界を比べたときに雲泥の差がありました。私自身はもともと湘南スタイルというアグレッシブなフットボールコンセプトを作った人間ですが、サッカー界は遅れているなと感じた時期でした。一方、当時からヨーロッパのサッカーを見ていれば、身体がどんどん逞しくなっている時代であって、SNSを覗けば、身体作りにおけるビフォー・アフターの画像も出てくるなど、ああ、世界はこうなっているんだと心を動かされたのが10年ほど前でした。今後サッカー界はこのフィジカルという側面から目を背けることはできないだろうと。ただ、湘南でいきなりそれを掲げていきなりやろうとしたところで、これまでのチーム、監督という存在がいて、現場にクラブ主導で落とし込もうとしても無理があるんです」

――そこまでクラブとしてやってきた考え方や文化がありますからね。

 「だからこのクラブを作ろうという考え方になり、では、どういうチーム作りをすればいいのか? という始まりだったので、当初からコンセプトになる素のようなものはあったんです。それと大事だったのは興行目線ですね。ゴリゴリに鍛えられた選手が90分間、止まらない、倒れないプレーをしたら楽しいだろうと。当時の自分たちを突き動かしていたのは、一日でも早く取り組まないと日本のサッカー界は遅れるんだという危機感でした」

Photo: Getty Images

J2では130kgを挙げられても通用しない

――奇しくも現代サッカーにおいてフィジカルの重要性が認識されてきていると思うのですが、その流れについて思うことはありますか?

 「10年前からその流れはあったし、日本だけが遅れていたということです。当時からヨーロッパに行った選手たちが『強度が違う』『スポーツが違う』などと表現をすることがあったと思います。だからそういう世界が来ることはわかっていました。今は日本でも重要性に気付いて率先して取り組んでいる選手たちはいるし、J1の選手であればもともとポテンシャルがあるし、うちがいくらクラブとしてやっても追いつかない世界がもう出てきていると思います。私自身は日本サッカー界がそうなっていかないといけないと思っているし、『フィジカルが中心の世界になったのでサッカーがファンタスティックではなくなった』ということではなく、世界はそうなっているし、どんどん進化していくと思います。この流れは止められないし、いずれは日本サッカー界でも当たり前になると考えています」

――身体を作る、動くようにする、と言っても色々な考え方があり、流派のようなものがあると思いますが、クラブとして取り組もうとするときに、どういう考え方で人材を確保していったのですか?

 「もともと株式会社ドームがその部隊を持っていたのが大きいんです。トレーニングについてはドームに『ドームアスリートハウス』というものがあり、責任者だった友岡和彦という人材が今年、原点回帰でうちに戻ってきてくれています。ドームにはもともとは親会社として『アンダーアーマー』を中心に販売し、『DNS』というサプリメント部門があり、『ドームアスリートハウス』というトレーニングに関わる人材がいて、そしてテーピングの会社がありました。この4つの事業をドームがやっていたので、そもそも人材はたくさんいたんです。それがなければいわきFCはできなかったと思います」

――その人材をサッカーに当てはめていく作業をされたと。……

Profile

鈴木 康浩

1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。