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いわきメソッドが突き抜けた理由。「最初の2年でコンセプト作りをやり込んだ。それがすべてです」【大倉智代表取締役インタビュー(前編)】

2024.08.19

【特集】いわきメソッドの正体#1

「日本のフィジカルスタンダードを変える」――2016年から始まった革命は、瞬く間にJ2までたどり着いたピッチ上の成果、インテンシティが重視される世界のサッカートレンドの後押しも受け、日本サッカー界で独自の立ち位置を築きつつある。現在はレンタル選手の武者修行先としても評価を高めている「強く速いフィジカルを作る」メソッドの正体に、様々な関係者への取材を通じて迫っていく。

第1回は、いわきFCの大倉智代表取締役にご登場いただき、前編ではいわきFCを創設する際のコンセプト作りに込めた思いや考えを聞かせてもらった(取材場所:いわきFCパーク/取材日:8月9日)。

入念にコンセプトを作り、あとは流すだけ

――今回インタビューをさせていただきたいと思ったきっかけは、昨オフ、J2で2年目を迎えるときに多くの主力選手がキャリアアップしたことでした。いわきFCはスピード感を持ってカテゴリーを駆け上がってきたわけですが、Jリーグ全体のいわきFCを見る目が変わったことを証明するオフシーズンとなり、フェーズが変わったと感じます。まずその流れを大倉智代表取締役がどう捉えられたのか、というところからお話を伺わせてください。

 「今年で『株式会社いわきスポーツクラブ』を設立してから9シーズン目になるのですが、このクラブを立ち上げるときにかなりの年月をかけ、東日本大震災で甚大な被害を受けたいわき市に何のためにクラブを作るのか、当時の親会社の株式会社ドームとともに綿密に設計して作っています。このいわきFCパークも含め、かなり計画的に作ったという経緯があり、それがすべてなんです。クラブとして、この地に何のために存在するのか、どんなフットボールをして、どんなチームビルディングをしていくのか。そのコンセプト作りを最初の2年間でやり込んでいるので、その仕組みを流しているだけなんです。

2017年6月にオープンしたいわきFCパーク。日本初となる商業施設併設型のクラブハウスだ

 だから、今おっしゃってもらったように、J2のステージに上がったときに選手が活躍すればステップアップするだろうと想像していました。仮にJ3で優勝し、ベストイレブンに選ばれてもJ1には行けないこともわかっていました。『日本のフィジカルスタンダードを変える』と宣言してスタートしたのですが、何も筋トレをしているだけではないんです。それは選手たちが自分の身体を知るということなんです。ストレングス、スピード、食事、栄養、睡眠、そのすべてに対してクラブとしてしっかりやる。クラブと契約している選手たちの価値を上げるためには、チームではなく、クラブが作っていかないといけないというコンセプトで始まっています。それが、選手のサッカー人生が豊かになる、ということなんです。自分のことを知り、今までできなかったことができるようになる。さらにいえば、やろうとするフットボールが世界を目指している。そこに手を届かせようと一生懸命に背伸びをしながらみんなが頑張る、俺たちはそういう集団だ、というブランディングをしているし、最初からそうなっていくための作り込みをしています。それを私自身はブレないようにずっと監視をしているだけなんです。

 だから、チームという現場がどういうシステムで戦うかはどうでも良くて、選手が15人引き抜かれようが、その仕組みにまた新たな15人を入れるだけという感覚です。最初のうちは慣れていないからうまくいかないけれど、途中から絶対に選手たちの成長が追いつくこともわかっています。そういう仕組みに興味を持ってきてくれた選手たちに対し、最初の入口では『我々はこういうクラブで、こうチームビルディングをして、この中にあなたを入れたらこうなるよ』というプレゼンをするなかで共感した人が来てくれます。みんなが茶髪から黒髪になってやって来るんです。それは最終的な踏ん切りというか、覚悟のようなものですね。私たちは最初からそういう仕組みを作っていたので、選手たちがJ2で活躍したら絶対にJ1に行くだろうと思っていたし、昨オフの選手たちの動きは全然驚きではないんです。ただ、今夏に照山颯人が移籍してしまったことは予想外でしたけどね」

――予想外だったのですね。

 「もちろんそういうことはあるけれど、ただ、周りからは『いわきFCは本当に頑張るし、真面目にサッカーに取り組む集団なんだな』というブランディングが出来つつあることは間違いありません。選手たちにもこう言っています。『それがお前たちの価値を上げるんだよ』と。うちのクラブを出ていった瞬間に茶髪にする選手もいるし、今まで頑張ってきた選手が次のステップに向かうことは問題がないんです。我々としてはクラブとしての仕組みがあることが最大の強みだと思っています。その仕組みの中に選手たちを入れることで、結果的にオファーも届き、しっかりと移籍金も入って来る、ということを今感じてはいます」

――相当数の主力選手たちが退団しましたが、それも想定内ですか?……

Profile

鈴木 康浩

1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。