現役最後の120分は激闘の三部作。クロースに引導を渡したスペインとドイツの戦術的攻防を読む【EURO分析】
【特集】EURO2024注目マッチ分析#5
準々決勝:スペイン 2-1 ドイツ
7月14日までドイツで開催されるEURO2024。グループステージから決勝ラウンドまで注目の試合を、各国の事情に精通するレギュラー執筆陣や戦術分析のスペシャリストが独自の視点で深堀り!
EUROでは2008年大会決勝以来の顔合わせでリベンジを期したドイツ代表は、因縁のスペインを相手に延長戦の末、一歩及ばずベスト8で散った。母国優勝の夢が潰えるとともに、1人の名手のキャリアが縁ある敵国との激闘で幕を閉じている。
トニ・クロースの最後の120分間が終わった。
延長後半のロスタイム3分のはずが5分半まで延長され、カルバハルの抱き着き退場からドイツにフリーキックが与えられるが、クロースがゴール前に上げたボールはすっぽりGKウナイ・シモンの腕に収まってラストプレーは終わった。直前に勝ち越したスペイン側からすれば理解しがたいロスタイムのロスタイムだったが、ドイツが誇るレジェンドの引退は審判も名残り惜しかったのかもしれない。
クロースの120分間は3つのパートに分けられる。スペイン先制までの51分間、ドイツ同点までの39分間、そして延長の30分間だ。
第1部:マンツーマン?
まず第1パート。クロースは“マンツーマン”に組み込まれた。
ナーゲルスマン監督はスペインのボール出し時にフィールドプレーヤー10人に相手のフィールドプレーヤー10人をマークするよう命じた。ハベルツがル・ノルマンを捕まえ、サネがラポルトを捕まえ、ギュンドアンがロドリを捕まえ、ジャンがファビアン・ルイスを捕まえ、キミッヒがククレジャを捕まえ、ムシアラがカルバハルを捕まえ、クロースがオルモを捕まえ、ラウムがヤマルを捕まえ、ターがモラタを捕まえ、リュディガーがニコを捕まえる。パスコースを全部消してフリーにしたスペインのGKウナイ・シモンに“さあ、出してみろ”という状況だ。
一方、デ・ラ・フエンテ監督はちゃんと対抗策を用意していた。33分、ウナイ・シモンはグラウンダーのボールをニコに通した。40分、またもGKからのグラウンダーのボールがオルモに入りドイツはファウルで止めた。グラウンダーのロングキックはキックミスではない。いずれもマーカーはクロースだった。
この1対1のマッチアップで最も弱いのはクロースの守備で、DFラインの前で相手に前を向かれると致命傷になる。なので、グラウンダーでもハイボールでもゴールキックはクロースを狙っていた。パスコースがなくてパスを繋げないのなら、中盤の底の危険ゾーンにいて体を張った守備が拙いクロースを直接狙え、である。マイボールにできる確率が上がるし、うまくいけば前を向けて、次か次の次のプレーでシュートまでいける。
ちなみに、クロースが常に中盤の底をケアしないといけないのはボールロストによる攻から守へのトランジション時も同じ。チームの構造的な問題なのだ。
UEFAのフォーメーション図によるとドイツのシステムは[4-2-3-1]で、クロースの隣にジャンがいるが、実際にはクロースはボール出し時に最終ラインに下がりジャンは前に出るので、クロースは危険ゾーンで裸になりやすい。レアル・マドリーのチュアメニのように後方か横に控えていてケアをする守備的MFがドイツにはいない。ジャンは下がってボール出しを分担することもなく、クロースのパスの最初の受け手となることもなかった。前半だけでジャンが交代になり、代わりにアンドリッヒが入った後半は、以上の点は改善された。
このパート1のクロースは本来の力を発揮できていなかった。失点シーンがその象徴だ。
ヤマルに右サイドでキープされ、真ん中にグラウンダーの横パスを通され、クロースの横、アンドリッヒの前のスペースに走り込まれたオルモにズドン。あっけない失点だった。ヤマルに当たりに行かなかったラウムが最大の責任者、オルモを放してフリーにしたクロースが二番目の責任者である。
やはりマイボールでナンボの選手で、クロースの本領はマンツーマンの負担から解放されるパート2で発揮されるのだが、その前に「マンツーマン」という用語について一言。ドイツがやっていたのは厳密にはマンツーマンではない。……
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。