「得られたことはすべてです。無駄なことは何ひとつなかった」 中村憲剛がカナダ・パシフィックFCで海外研修を行った理由(インタビュー後編)
【特集】「欧州」と「日本」は何が違う?知られざる監督ライセンスの背景#15
日本の制度では20代でトップリーグの指揮を執ったナーゲルスマンのような監督は生まれない?――たびたび議論に上がる監督ライセンスについて、欧州と日本の仕組みの違いやそれぞれのカリキュラムの背後にある理念を紹介。トップレベルの指導者養成で大切なものを一緒に考えてみたい。
今年の4月。中村憲剛の姿はカナダのビクトリアにあった。『S級コーチ養成講習会』のプログラムとして定められている海外研修で、パシフィックFCというクラブを訪れていたからだ。ヨーロッパサッカーが隆盛を極める今、それは意外に思えるような選択だったが、クラブの全面的なバックアップを得ながらカナダで過ごした2週間半は、とにかく素晴らしい時間だったという。今回はそんな貴重な経験を改めて振り返ってもらうインタビュー。後編では異国での研修で得られた収穫や、ライセンス講習会自体についての私見を含めて、中村が再び語り尽くす。
アルマンダヘッドコーチとの不思議な縁
――実際にトレーニングが始まってから、そこへの関わり方はどんな形でしたか?
「基本的には見ながら、メモを取っていましたね。ジェイミーから初日に分厚いパシフィック仕様のノートをもらったので、それにずっと書き込んでいました。もちろんスタッフの1人としてコーンを片付けたりとか、ゴールを動かしたり、ボールを集めたり、ということも含めて、自分にやれることはやるというスタンスではいました。あとは徐々に選手ともコミュニケーションを取っていきました。中盤の選手が多かったかなあ」
――もちろん英語で、ですよね。
「片言のね(笑)。ちゃんと伝えるべき時は高尾に通訳してもらって、かなりいろいろな選手と喋りました。それは良かったですね。英語は日本語と比べてもハッキリしているので、わかりやすいんですよ。日本語は表現がいっぱいあるので、あえてまどろっこしい感じで言うこともありますけど、『これは良い』『これは良くない』というところはハッキリしていて、わかりやすかったです。『今、オレの言ったことがわかってるか?』と聞いても、わかっている選手はわかるし、わからない選手は『What?』とか。そういうコミュニケーションの部分は凄く感じました」
――実際に練習に関わってみて、新たな気付きとか今後指導者として生かせそうだなと思ったことには、どういうことがあったでしょうか?
「トレーニングの方法に関して言うと、僕はディフェンダーではなかったので、正直ディフェンスのオーガナイズもざっくりとした、自分の感覚でしかなかったんですよ。なので、ヘッドコーチのアルマンダが行っていた守備のトレーニングは勉強になりました。それはマーカーとコーンをたくさん置いてチャレンジ&カバーとスライドの練習で『こうなったら、ここに立つんだ』というような4つぐらいのラインがあって、かなり細かくこだわってやるんですけど、凄くわかりやすかったです。選手の国籍も人種も多様なので、それを組織的に規律を持ってまとめ上げるにはそれぐらい反復もしないといけないんだなって。でも、アルマンダは何でもかんでも上から言うのではなくて、ちゃんと選手とコミュニケーションも取りながらやるんですよ」
――アルマンダさんはそれこそ現役時代にロティーナやバルベルデと一緒にやっていますからね。
「そうですね。その日は攻撃陣と守備陣でトレーニングが分かれていたんですけど、そのトレーニング後にアルマンダが、『これは継続してやっているんだ』と教えてくれました。あのトレーニングセッションを見られたことは自分の中でありがたかったですね。そういえば、アルマンダはセパハンにいたんですって!」
――え?ACLでフロンターレと対戦した、イランのセパハンですか?
「そうそう。しかも僕が対戦した時の、次のシーズンぐらいにいたらしくて。『浦和レッズも知ってるぞ』って言っていました」
――不思議な縁ですねえ。
「練習は毎日メッチャ楽しかったですよ。向こうからのリスペクトを凄く感じたからこそ、自分もちゃんと考えていることを伝えないといけないなという想いはメチャクチャありましたね」
勝ち得た信頼。チームの一員という感覚で過ごした2週間半
――もちろんポジティブな経験が多かったとは思うんですけど、逆にちょっと違和感を持ったり、「これは違うかな?」と感じたようなこともありましたか?
「多少はありましたけど、それも勉強だなと思っていました。でも、実際にそんなになかったかなあ。このトレーニングをやった上で、週末の試合でどういう形になるか、までを見られることが凄く良かったです。もちろん『オレだったらこうするな』というようなことは毎試合感じていましたけど、それは違和感ではないですからね」
――それぞれの指導者の考え方ですからね。
「そうそう。それが難しかったかと言えば、そんなことは全然なかったですし、そもそも別に僕が思っていることが彼らの常識ではないですし、基準でもないわけで、違うところは違っていいのかなと思ってやっていたので、楽しさしかなかったです」
――それはもちろん憲剛さんの姿勢もあるとは思いますが、幸運なことでしたね。
「そう思います。あとはトレーニングを手伝っている時に、選手が『スゲーいいキックするじゃん』って(笑)。アルマンダもやっぱりトラップが上手いんですよ。そういう“デモで見せる”重要性も感じましたね。あとは、アルマンダは厳しく言う時もあれば、柔らかく言う時もあって、そのバランスが絶妙でしたし、メンバー外が多い若手の選手やちょっと気落ちしている選手との関わり方も見させてもらいました。スタンドからだとわからないことでも、ピッチの中にいるからこそわかったこともいっぱいあったので、同じ目線で見ることができたのは良かったですね」
――自分が普段使っていない言語でサッカーに関わってみて、改めて感じたことはどういうものがありましたか?
「向こうでは『Football Language』って言っていましたけど、サッカーの話はまったく問題なかったですね。何が言いたいかも何となくわかりますから。やっぱり英語ってハッキリしているので、物言いもハッキリするんです。むしろ日常生活の方が大変で、サッカーの場合はわかる単語が飛び交うので、わからない時は高尾に聞いて、それで聞いたら『ああ、そうだよね』という感じで腑に落ちるところがあったので、そこの心配はまったくなかったです。
もちろん僕が考えていることもあるので、そこの相違やジェイミーやアルマンダとの意識の違いは自分でわかるじゃないですか。僕も最初に彼らの考えていることや、やろうとしていることの説明を受けたところから理解し始めて、僕なりに膨らませて、彼らにできるだけ近付くことと、一方で違うアイデアも持っていたので、そこがどのくらい違うのかもわかりましたし、その感覚はちゃんと持って日々過ごしていました」
――そこはある意味で日本語とか英語とかの話じゃなくて、サッカー観の部分ですよね。
「もちろんスペイン語だったらわからないですよ。ドイツ語でも難しいけど、英語ですからね。実際に現象を見ればわかるというか、それに対してその人なりの解釈があって、それぞれが思ったことが英語で僕の耳に入ってくるので、そこはまったく難しくなかったですね。
ただ、それも向こうがちゃんと意図を説明してくれたからであって、置いてきぼりにはされたくないので、こちらもわからなかったらちゃんと聞きますし、それに対してもきちんと答えてくれましたからね。なあなあで過ごさないということは決めていたので、自分が疑問に思ったことはちゃんと聞こうとは思っていましたし、その疑問を意図せずに向こうが話してくれることもいっぱいありました。
自分はお客さんではなくて、チームの一員だという意識を持ちながら、チームスタッフとして入っているつもりでしたし、できるだけ監督やコーチのプレーモデルや考え方に沿う形で、どうすればこのチームが勝てるかを僕なりに考えていた中で、『こういうことをやりたいと思う』という話をされた時に、『じゃあこういう可能性もあるかも?』とか、『この選手は何で右で起用するの?』という彼らのイメージに沿った質問をすることで、彼らの頭の中を整理するのに役立てたのかなと思っています」
――向こうから意見を求められている時点で、ちゃんと中に入っているということですよね。……
Profile
土屋 雅史
1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!