日本からナーゲルスマンは出てくるのか?指導者養成の当事者たちに聞く、ライセンス改革の実態
【特集】「欧州」と「日本」は何が違う?知られざる監督ライセンスの背景 #13
日本の制度では20代でトップリーグの指揮を執ったナーゲルスマンのような監督は生まれない?――たびたび議論に上がる監督ライセンスについて、欧州と日本の仕組みの違いやそれぞれのカリキュラムの背後にある理念を紹介。トップレベルの指導者養成で大切なものを一緒に考えてみたい。
第13回は、前回に引き続きJFA指導者養成ダイレクターの木村康彦氏、S級チューターを務める奥野僚右氏と相馬直樹氏の3人に、ライセンス改革の中身や“よく指摘される疑問”について掘り下げてもらった。
「インストラクター」から「チューター」へ
ライセンス講習を通じて指導者を指導する者のことを日本サッカー協会では従来、「インストラクター」と呼称していた。これが現在「チューター」に改められている。
木村康彦JFA指導者養成ダイレクターは、これも指導者講習に対する考え方の変化を象徴するものだと説明する。
「アジアの中でも『インストラクター』という呼び方が一般的ですね。ただ、指導者養成における役割の変化を考えて名称も改めました。これまで講習の『受講者』という言い方をしていたのも、『参加者』と呼ぶようにしようというのも同じ考え方です」
英語の意味的に言えば、『instruct』は例えば医者が患者に対して「指導する」といった文脈で使われる言葉だ。「どうしても上から下へというイメージがある表現」(木村氏)である。
「より参加者に寄り添って学びをサポートしていくというのがこれからの考え方。FIFAではコーチエデュケーターという言い方をしていて、UEFAだとチューターと呼ぶことも多いし、これは国によって差もあります。JFAでは正式にはコーチエデュケーションチューターという肩書きにしましたが、いずれにしても考え方を変える象徴として名前も変えていこうということになりました」(木村氏)
方向性としては明確だ。「机を並べて先生の話を聞く」ようなものではなく、フラットな近い関係性の中で双方向性を持って進めていくというわけだ。
そもそもS級ライセンスを受講するような指導者は、一定以上の実績を持つ人ばかり。ジャンルによってはチューター側より知識を持つ人がいるのも当然だし、そもそも知識についてはA級以前のライセンスですでに獲得しているというのが大前提にある。
ならば、参加者のスキルアップを図るには、違うアプローチがあるのも必然ということだろう。S級チューターを務める奥野僚右氏は「もともと自分が指導者養成に携わることになって最初に思ったのは、『素晴らしい可能性を持った指導者たちのお手伝いができれば』ということでした」とした上で、こう語る。
「ティーチング(先生から生徒へ『教えること』)という考え方はほとんどありませんね。アダルトラーニング(能動的な学習)と簡単に言ってしまいがちですが、要するに視点や視野の話が多くなります。『こういうこともあるんだ』『こんな考え方もある』という点を共有できるようにしています」
実際、「教本はない」と言うように、いわゆる教科書を読んで覚えてそれをテストするといった課程は現在のS級ライセンス講習には存在しない。「それはもう終わっているという前提」に立っているわけだ。ただ、プロの現場で監督として経験したことを共有しようという考えは当然残してあるとも言う。
「経験値として『連敗中にこんなことが起きてしまった』とか、『前半にリードを奪ったハーフタイムでああだった』といった話はしますし、そういうことを聞きたい参加者は実際に多いですよね。ただ、大事なのはそこに『絶対の正解』はそもそもないということです。だって、もしあるなら、僕らは監督を途中解任になったりしませんから」
茶目っ気も込めてそう語った奥野氏は、同時に「成功体験よりも失敗経験の方が絶対に参考になるとは思っています」とも言う。
「成功した人の経験談というのは世間に溢れていますよね。でも、それをマネしたら成功できるなんてことはありません。でも失敗談というのは、それぞれの指導者にとって財産になると思っているので、自分が監督としてやってしまった失敗というのも隠すことなく共有しています」……
Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。