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「パーソナルアナリスト」のすゝめ。横浜FMのJ1優勝を支えた杉崎健の今

2024.06.24

日本と世界、プロとアマチュア…
ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線
#11

日本代表のアジアカップ分析に動員され注目を集めた学生アナリスト。クラブの分析担当でもJリーグに国内外の大学から人材が流入する一方で、欧州では“戦術おたく”も抜擢されている今、ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線に迫る。

第11回では『サッカーアナリストのすゝめ』の著者で、2019シーズンに15年ぶり4度目のJ1優勝を成し遂げた横浜F・マリノスのアナリストも務めた杉崎健氏を直撃。「パーソナルアナリスト」として独立した理由、オンラインサロン【CiP】を設立した背景を教えてもらった。

「パーソナルアナリスト」開業のきっかけはCFGとの交流

――杉崎さんはヴィッセル神戸(2014-15)、ベガルタ仙台(2016)、横浜F・マリノス(2017-20)で分析を担当された後、2020シーズン限りでJリーグの現場を離れて現在までフリーのサッカーアナリストとして活躍されています。まずは独立された経緯と理由を教えてください。

 「幸いにも横浜F・マリノスで2019シーズンにJ1で優勝すること、2020シーズンにはACLというアジアの舞台で戦うことができて、自分の中で1つの夢を叶えることができました。そこで次なる目標をどこに設定しようか考えた時に、小さい頃からの憧れを思い出したんです。それが『日本代表のW杯優勝に貢献したい』という想いで、例えば日本サッカー協会にお世話になりながらスタッフの一員として代表チームのサポートをするような形が一番直接的でわかりやすくはありますが、まずは自分自身がJリーグの現場で感じていた課題を解決していく方が間接的ではあるものの、日本代表さらには日本サッカーの未来により繋がると考えてフリーで活動しています」

――「Jリーグの現場で感じていた課題」とは、具体的に何でしょうか?

 「2つあって、まずJクラブのアナリストは今でこそ複数人を抱えているチームも増えていますけど、当時は1人しかいないことやコーチが兼任していることも少なくなかったんです。そうした体制でミッドウィークの試合開催がバンバン入ってきて、スケジュールが過密日程になってくると、やっぱりチームの結果が最優先なので監督やコーチ陣も含めた分析現場は自チームの振り返りと相手チームの分析に追われてしまう。そこで何が起こるかというと、チームに30人くらい所属している選手一人ひとりの成長を助けるサポートが二の次、三の次になってしまっていたんですね。

 ただ、自分が横浜F・マリノスに在籍していた当時、シティ・フットボール・グループを経由して交流したマンチェスター・シティの分析現場は規模が違って、アナリストだけでも少なくとも3~4人が所属していた中で自チーム、相手チーム、データなど一人ひとりがそれぞれの専門分野に特化していたんです。そこで選手一人ひとりの一つひとつのプレーを振り返りながらパフォーマンスを改善していく専門のアナリストもいて、個人の方向からもアプローチしながらチーム全体の力を底上げしていました。欧州のビッグクラブではそういう手厚いサポートが当たり前になりつつあるという話も聞いたことがあります」

22-23CL決勝インテル戦後にはピッチまで降りてきていたシティのアナリストたち。ビッグイアーも掲げたペップ・グアルディオラ監督を陰から支えている

――欧州サッカーの現場を知り尽くすイタリア代表アナリストのレナート・バルディ「シティの分析部門には9人のスタッフがいて、ビデオとデータを分担して取り扱っています」と話していましたね。私も数年前に当時プレミアリーグの昇格組だったクラブの関係者から聞きましたが、彼らでさえフルタイムで2人以上のアナリストを雇っていて、その下に外部やパートタイムのアナリストがさらに何人も働いているという規模で、全チームがスタッフとは別にアナリストを部門化しているようです。

 「でもJクラブはプレミアリーグクラブのように潤沢な予算があるわけではなく、そこにリソースを割けないのが現状なので、そっくりそのまま真似することは現実的ではない。だから委託や協業というよりリーズナブルな形で選手個人をサポートできないかと考えたんです。さらに外部という立場なら第三者としてより客観的に分析できるのはもちろん、1つのクラブだけではなく様々なチームやカテゴリーで戦っている選手を見れるので、日本サッカー界の発展に幅広く貢献できる。その合わせ技で『パーソナルアナリスト』としての業務を請け負っています」
 
――実際にどれくらいの選手のパーソナルアナリストを担当されているんですか?

 「現状では男子だとJ1クラブに所属する5選手、J2クラブに所属する5選手、女子だとWEリーグクラブに所属する4選手で、合計14選手のパーソナルアナリストを務めています。トレーニングパートナー契約を結んでいる代理人事務所のジャパン・スポーツ・プロモーション様とも連携しながら、希望する選手をサポートしている形です」

インタビューに応えてくれた杉崎サッカーアナリスト

個人昇格やビッグクラブ行きも!「意識改革」で一致する利害関係

――代理人事務所と協業されているんですね。最近はチームの成績に関係なく個人でステップアップするケースがJリーグでも増えているので、パーソナルアナリストが成長を促す→選手が移籍する→代理人事務所に手数料が入るという、好循環が生まれそうです。

 「実際に僕の担当選手の中にも、すでに当初はJ3クラブに所属していたけどJ2クラブに個人昇格できたり、同じJ1でもビッグクラブまでたどり着いたりした事例があります。あとは移籍してもその代理人事務所から離れない限りは、その選手を継続して分析し続けられるので点ではなく線で成長を追えるメリットもパーソナルアナリストにはありますね。さらにはクラブ側も選手のステップアップに伴って移籍金収入を得られるわけで、いまだに日本人選手が安く見られてしまっている傾向はあるんですけど、欧州移籍まで行ければ国内移籍とは桁の違う移籍補償金を得られる。ブライトンの三笘薫選手やリバプールの遠藤航選手のように実績を残す選手が出てきて流れが徐々に変わりつつあることや、トレーニングコンペンセーションや連帯貢献金も得られる可能性があることも考えるとなおさらですよね。クラブにとって一番の収入源になり得る話なので、『パーソナル』と聞くと勝手なことをしているように思われがちですが、利害関係は意外と一致しています」

――分析で改善できる個人戦術はチーム戦術とは別枠ですしね。

 「そうですね。基本的には試合映像からボールを持っている、持っていないにかかわらず、すべてのプレーを分析して、オンラインでその試合日の2、3日後に選手と分析映像を振り返っているんですけど、それぞれの選択が正解かどうかはチームや監督の基準によるので僕が口を出すところではない。選手にもそれぞれのサッカー観があって、ピッチに立てばほんの一瞬のコンマ何秒で判断しなければいけない世界ですからね。その感覚を大事にしつつもパーソナルアナリストとして改善できるのは、どれくらい認知できていたのか、どれくらいの選択肢を持てているのかです。もちろん選手には目に見えない意図があったりして、『ここは見えていたんですけど実は足を痛めていて……』と体調やコンディションが理由になるケースもよくあります。そこをヒアリングしてすり合わせながら、似たような状況で上のレベルの選手がどういうプレーをしているのかを国内外からまとめた映像を一緒に見て、次に生かしていきます。一言でまとめると、選手の意識改革をするようなイメージですね」

――実際にJクラブの内部から外部に立場を移して、アナリストとしてどんなメリットとデメリットを感じていますか?……

Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista