この男の最も輝く時代が、ついにやってきた!愛されるストライカー・伊佐耕平が大分トリニータでプレーし続けている理由
【特集】ワンクラブマンの価値 #6
伊佐耕平(大分トリニータ)
移籍ビジネスが加速している昨今のサッカー界で、クラブ一筋のキャリアを築く「ワンクラブマン」は希少な存在になっている。クラブの文化を体現するバンディエラ(旗頭)はロッカールームにとって大きな存在であることはもちろん、クラブとファン・サポーターを結びつける心の拠り所にもなる。あらためて彼らの価値について考えてみたい。
第6回は、大分トリニータの前線で独特の存在感を放ち続けている32歳のストライカー、伊佐耕平だ。
不思議な縁に彩られたメモリアルゲーム。だが、本人はまったく覚えていなかった!
2024年5月12日、J2第15節・大分トリニータ対愛媛FC。そのレゾナックドーム大分でのキックオフ前に、伊佐耕平のJリーグ通算250試合出場セレモニーが開催された。家族をプレゼンターに迎え、花束を抱えて写真に収まる伊佐のJリーガーとしての250試合は、そのすべてが大分トリニータの選手として迎えたものだ。
大阪体育大を卒業後、ルーキーとしてトリニータに加入したのが2014年。トリニータは2012年にJ1昇格プレーオフ最初の覇者となって翌年はJ1で戦ったものの、1年でJ2に逆戻りし、仕切り直しを誓ったシーズンだった。翌年、チームはJ3降格。2016年は初めてのJ3を苦しみながら戦い抜き、ここも1年でJ2復帰。2018年にJ2を2位フィニッシュしてJ1自動昇格を勝ち取ると、3シーズンをJ1で粘って、2022年からはまたJ2のステージでしのぎを削っている。その激動のクラブ史とともに、伊佐はJリーガー人生を送ってきた。今季で11シーズン目。
第12節のアウェイ・ロアッソ熊本戦が記念すべき250試合目だったことも感慨深い。伊佐がプロデビューを果たしたのは2014年3月22日、J2第4節のアウェイ・熊本戦だ。先発して61分間プレーした。その同じスタジアムでメモリアルゲームを迎えたことには、不思議な縁を感じてしまう。もっとも伊佐本人は、自身のデビュー戦がそれであったことを全く覚えていなかった。逆に「よく覚えてますね」と言われたほどだ。
「大卒ルーキーのデビュー戦だから。最終ラインの(高木)和道さんが『伊佐はスペースがあるほうが躍動するから、アバウトでもどんどん前線にボールを送った』って試合後に話していた」
そうやって記憶の糸口を与えようとしたのだが、伊佐は「へえ、和道さんすごいな。そんな短期間で俺の特長わかってくれてたんや。さすが元日本代表やなー」と、大先輩を絶賛するばかり。
250試合出場という節目を迎えて、記憶に残る自身のゴールはあるかと訊ねても「ないなあ……」と頭を捻り、「あ、何年のか忘れたけどアウェイ・水戸(ホーリーホック)戦。CKのこぼれ球からさんぺーさん(三平和司、現・ヴァンフォーレ甲府)がクロスを上げて僕がヘディングしたシーンがあるんですけど。さんぺーさんがアシストだったから覚えてる。さんぺーさん好きなんで。そのくらいですね」と、記録に対する執着は皆無だ。
「彼はつねに出力できるんです」(西山哲平GM)
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Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg