プレミア指揮官の“資格”とは?「マネージメント戦略の習得に主眼を置く」イングランド流の監督学
【特集】「欧州」と「日本」は何が違う?知られざる監督ライセンスの背景 #1
日本の制度では20代でトップリーグの指揮を執ったナーゲルスマンのような監督は生まれない?――たびたび議論に上がる監督ライセンスについて、欧州と日本の仕組みの違いやそれぞれのカリキュラムの背後にある理念を紹介。トップレベルの指導者養成で大切なものを一緒に考えてみたい。
第1回は、イングランドの監督ライセンス事情を山中忍氏がレポートする。
遅れを取った制度改革。上級ライセンスを持つ母国人指導者を増やすために
今年3月、イングランドで「監督の資格」が話題になった。噂に拍車がかかり始めたウェストハム新監督候補の1人には、スタッド・ランスを率いるウィル・スティル(5月2日に退任)。ベルギー生まれのイングランド人は、フランス1部で監督に求められるUEFA PROライセンスをまだ取得中で、クラブが罰金を支払いながら指揮を執っていた。そこで、今夏に声がかかった場合、ウェストハムファンを自認するスティルは、果たしてプレミアリーグでの監督就任を許されるのかということになった。
答えを言えば、「就任可能」だ。リーグ規定には、「PROライセンスを保持しているか、その取得コースを実際に受講していること」とある。毎週、ベルギーで行われているコースに通うスティルは後者に該当する。
イングランドのトップリーグは、2010年までPROライセンスを絶対必要条件とはしていなかった世界だ。その7年前までは、UEFAの指導者ライセンス制度を自国の制度に取り入れてすらいなかった。そのため、今世紀初頭の段階では、PROライセンスはもちろん、現行ルールではチャンピオンシップ(2部)の監督に求められるAライセンスの保持者も、他の欧州主要リーグ開催国に比べて少ない国内事情を抱えていた。
必然的に、その後は上級ライセンスを持つ母国人指導者を増やすことに力が注がれている。イングランドFA(サッカー協会)が運営するコースは、定員20名前後の枠に数倍の応募が当たり前。受講資格を得る時点で優遇があり得る。国内プロリーグ下層部のリーグ1(3部)とリーグ2(4部)で監督に必須のUEFA Bライセンス取得コースでは、「イングランド国内でシーズンを通じて試合を行うチームで指導に当たっていること」と、「(読み書きを含めて)英語で的確に意思の疎通を行えること」が受講資格に含まれる。
1段階上のAライセンス取得コースでは、戦略、戦術、システム、それらのトレンドなどに加え、「イングランドDNA」の原則理解を深めることも目的となる。これは、やはり今世紀に入って着手された育成環境に関する抜本改革の代名詞にして、新たな指導要綱のキャッチフレーズ。したがって、イングランドに住み、国内で指導に従事する受講者が優先される。
最上級のPROライセンス取得コースは、内容面で「指導者」色が薄い。だが、これもまた「イングランド色」だと言える。プレミアでは、SD(スポーツディレクター)やTD(テクニカルディレクター)を採用して監督の肩書きを「ヘッドコーチ」とするクラブが増えているが、総じて言えば監督が「マネージャー」と呼ばれ続けるのが、この国のサッカー界だ。
「リーダーシップ」研修に舞台監督の講義や地元の工場見学も
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。