アナリスト輩出総本山の指揮官が考える「本当に問われるセンス」とは?筑波大学蹴球部・小井土正亮監督インタビュー(前編)
日本と世界、プロとアマチュア…
ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線#7
日本代表のアジアカップ分析に動員され注目を集めた学生アナリスト。クラブの分析担当でもJリーグに国内外の大学から人材が流入する一方で、欧州では“戦術おたく”も抜擢されている今、ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線に迫る。
第7回と第8回では、前後編に分けて筑波大学蹴球部の小井土正亮監督に直撃。大学サッカーの現場で未来の分析官たちが日々養っているセンスとスキルを教えてもらいながら、日本国内におけるアナリスト輩出の総本山として地位を確立している理由を探ってみよう。
「趣味としての分析」と「仕事としての分析」。両者の大きな相違点
――今回は「日本と世界、プロとアマチュア…ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線」というテーマでお話を伺えればと思います。
「そのテーマを聞くと、今は戦術を分析される方も非常に増えてきていて、『こうなっているからうまく行ったんだ』というような記事なども目にしますけど、趣味でやられている方はあくまで解説であって、終わったことに対して『こうでしたよね』というのは比較的簡単なんです。一方で仕事で分析をしている方々が何のためにそれをやっているかと言ったら、これから起こることをいかに予測できるかという中で、選手たちがその情報を元に生き生きとプレーするためなので、もともと分析する目的が違うんですよね。
そうすると、伝え方も切り取り方も違いますし、確かに“いつでもどこでも”やれるものではあるけれど、『何のためにやっているかをちゃんと整理しなきゃね』ということが、今の筑波大学蹴球部でやっていることですし、アナリストが『自分はこういうふうに戦えばいいと思うんですよ』と言ったところで、その情報を使うのは監督であって、その情報を誰に使ってほしいのかと言ったら選手なんです。だから、筑波大では選手を経験して、コーチを経験することで、『コーチが欲しい情報ってこうだよな』『自分がコーチをやっていた時はこういう情報が欲しかったよな』という情報を得ているので、ここから巣立っていったアナリストたちはそれを提供できるんですね。
今いる大学院生たちは、アナリストになっている者の多くがコーチを経験していますし、選手の経験もあるので、そういう意味で筑波には選手経験とコーチ経験のあるアナリストが多いんです。チームは生き物なので、入ってきた情報をどう使うかというのは1人で呟くレベルとも、解説するレベルともまったく違うものです。時にはその情報を入れない方がいい時もあるでしょうし、その時のそのチームにとって必要な情報って一期一会なんですよ。
この前に試した時は良かったけれど、今のチームには必要ないかもしれないですし、情報もすぐ腐っていくものであり、受け取る側も日々動いているものだから、その瞬間を逃してしまったら、また質の違うものになってしまうということをわかってやれるかどうかは重要です。結局は人と人の仕事なので、人間性や伝え方、その人との信頼関係の問題になってしまうでしょうし、そのあたりは趣味で分析をやられている方たちと、我々がやっていることはちょっと違うかなと思いますね」
――分析して終わり、じゃないですからね。
「目的はチームが、選手が良いパフォーマンスを発揮することで、そこに対して有効じゃない情報は要らない情報ですし、むしろ邪魔になる情報なので、『アレ?こんなこと言われたのに、全然違うな』と選手が思って、もしその試合中にマイナスになってしまうことがあったら、入れない方がよい情報だったわけです。
いかに情報を捨てなきゃいけないかという方が現場では多いですし、その捨てるべき情報が何だろうというのは、その時々で、その瞬間で、『ああ、これはやらない方がいい』と判断しなきゃいけないぐらいのものなのかもしれないですし、そのあたりの空気まで読めるということが、アナリストにとっては大事なんです。
監督も負けた試合のあとの打ち合わせの時に、『相手はこんなに強いですよ』と言われたら自信をなくしてしまうかもしれないですし、『今のウチの強みと相手の弱みがバッチリ合うから、これですよ』と言うことで監督自身のメンタリティにも、もしかしたらポジティブな影響を与えるかもしれないですよね。大事なのは“正確さ”よりも“必要さ”で、それをうまくすくい取れるような者じゃないと、良いアナリストとしては立ち振る舞えないのかなと。正確に分析することは、誰にでもできるという言い方は良くないですけど、そんなにハードルは高くないのかなと思いますね。原理原則がわかっていれば、起きていることを説明するのは誰にもできるのかなって」
分析業務で一番大事なのは「フィードバックを受けること」
――自分でわかったことが100あったら、それを100伝えることがアナリストの仕事ではないということですね。
「逆ですね。100わかっているのは当たり前で、それをいかに10まで絞るかです。それで必要な時に必要なものをポケットからポンと出して、『聞かれると思っていました!』なんて言い方をしたら怒られちゃうけど(笑)、『これはこうなんですよ』と言えるかどうかなので、いかに削るかというのは毎週学生とも話していますね。
我々の分析担当もミーティングで対戦相手の分析を一生懸命作って持ってきますけど、確かに映像自体は全部実際に起きていることですし、それをちゃんと説明しているけれど、あれもこれも伝えたいとなってしまうと、『本当に必要な情報はどれなんだ?』となりがちなんです。たとえば相手が流経(流通経済大学)だったら、『「これぞ流経」というワンシーンは攻撃と守備でそれぞれどれなんだ?』と聞いたら、『えーと……』となる担当学生が現実的には多いですね。『本当にこのシチュエーション、このプレーが一番脅威になるのはどれなの?』となったら、そこが整理されていなかったりと。
自チームがどうで、この相手とやった時にどうなるかまで想像して分析するのがアナリストの仕事になるわけで、ただ相手の断片的な情報だけを出しているのでは難しいですよね。最初はそこから始まるのも仕方ないとは思いますけど、いかにどの情報が本当に必要なのかを考えられるようなフィードバックをしているつもりなので、もしかしたらそれは筑波からアナリストとして求められる人材が出てきていることに繋がるかもしれないです。
最初は対戦相手のことをいかに正確に伝えるかは一生懸命やってくるので、それに対して『これが本当に必要なのか?』とか『もっとこういう形で見せたらどうだ』とか、フィードバックをちゃんと与えています。正解はアナリストの方にあるわけではなくて、使う側にあるわけなので、それに対してちゃんとフィードバックを与えていけば、絶対にアナリストもどんどん良くなっていくと思うんですよね。
今は関東大学リーグでもアナリストのいるチームの方が多いぐらいで、『アナリストになりたいです!』という学生も目にするんですけど、『日常的にフィードバックを受けているの?』と聞いても、『受けていません。自分なりに一生懸命やっています』という学生が多いんです。
一方で、筑波の環境としては自分もいますし、大学院生もいますし、自分だけの頭で作ったものを人に見てもらって、『もっとこういう伝え方があるよ』とか『今のウチの状況にはこっちの方がいいと思うよ』とか、そういうああでもない、こうでもないという議論をする場があるんです。
やっぱりフィードバックがあるということは、アナリストの養成という意味では必要なことですし、志を同じにしている者が多くいるので、人のミーティングを見て『おお、それはわかりやすいな』と思ったら、それを上回るようなことをやりたいと思うでしょうし、筑波では仲間がいることとフィードバックをもらえることは大きいのかなと思いますね」
分析も教育の一環。監督も「いいじゃん、わかりやすいじゃん」では終われない
――筑波大蹴球部の組織で言うと、「パフォーマンスチーム」が小井土監督直属の部署で、その中で分析に関わっているのが「データ班」と「アナライズ班」という認識で合っていますか?……
Profile
土屋 雅史
1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!