障害予防と競技力アップは別のことでない。グランパスアカデミーフィジカルコーチが少年少女たちに伝えたい視点【後編】
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #16
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第16回は、名古屋グランパスのアカデミーフィジカルコーチ、柳下幸太郎氏(35歳)のインタビュー後編。育成年代のケガについて、テクノロジー活用やトレーニング内容の詳細から、復帰の過程で重要なコミュニケーションやマネジメントの方法、かつて指導した相馬勇紀、菅原由勢、貴田遼河らの成長秘話まで、さらに深く語ってもらった。
→【前編】育成年代のケガにどう向き合うべきか。名古屋グランパスアカデミーフィジカルコーチ、柳下幸太郎の知見と関わり はこちら
テクノロジーをどう活用し、次にどのようなアクションをするか
――(前編で)GPSを活用して外的負荷をモニタリングするというお話がありましたが、どういった数値をどのように分析しているのか、もう少し詳しくお聞きできますか?
「まず、様々なテクノロジーを活用するメリットとしては、今まで可視化されにくかったデータを可視化できることによってチーム内で共有しやすくなりました。ただし、それを“どのように使って次にどのようなアクションをするか”が大事であり、情報を使う側のリテラシーが重要になってきます。
GPSでシンプルに何を見るかと考えた時に、前述した量、濃度、密度という視点がありますが、どのくらいたくさん動いたかの量の部分では、トータルの走行距離が運動量の指標になります。そこから例えばプレー中に常時攻守に関わり続けるポジション取りをする選手については、そのスピードの増減を疲労度の指標にしたり、よりハイインテンシティのランニングでどれくらいスピードが出ているかを指標にして、その中でスプリントや加減速など一つひとつのアクションの強度=どれくらい激しく動いたかを測定したり。また、それらの数値を総走行距離に対して何パーセントか、時間あたりでどれくらい動いたかを測ることで密度=どれだけ濃度濃く動いたかのデータを取ったりという感じです。
こうした指標を基に、現場でよくあるコミュニケーションとして、今日は負荷を上げようとか、ちょっと落とそうといった提案をするわけですが、例えばボリュームを上げて負荷を上げるのか、そのボリュームの中でも総時間を増やすのか減らすのか、各トレーニング内のセット数を増やすのか減らすのかなど、量の中でも様々なアプローチがあります。強度によって負荷を上げ下げする場合は、グリッドの広さによって、そのアクションがどんなスピード感で起きているかである程度コントロールできる。密度の視点においてはセット間、セッション間にレストをどれくらい取るかで時間内での運動量も変わってきます。
あとは同じ2時間の中でも、対人トレーニングの有無だったり、シュートやクロスを連続するようなトレーニングなのか、コンタクトが多い/少ないトレーニングなのかなど、その種類によって負荷は異なります。こうした指標を共有した上で、どのような種類のトレーニングをどれくらいの量、強度で時間内に実施していくかといった視点で負荷を上げ下げしましょうというのを、スタッフ内の共通言語として持っているということです」
――育成年代においても、選手個々にその時々の状態に応じて、それぞれトレーニング内容を設定していくのでしょうか?
「トップチームとアカデミーの両方でフィジカルコーチを務めた経験上、トップチームではそのようにしてより個別性を出していくアプローチが考えられます。でも育成年代においては、例えばこの選手だけ今日はトレーニングを休ませるといった対応はあまり現実的ではないんですよね。むしろ、1人だけそうならないようにトレーニングを組んでいく視点を持つというか。なので負荷を調整するのは試合の出場時間だったり、土日に連戦をした選手がいた場合には翌週の対人トレーニングでボリュームを減らしたり。個別性の塩梅は難しいです」
復帰への焦り、再発への恐れ…未来を見据えて今に集中できているか
――ケガの再発のリスクに対しては、どのように対応しているのですか?
「一番避けたいのは、復帰後の早期の再離脱です。その要因の一つが、リハビリ期間と合流後の負荷のギャップ、すなわち急激な負荷の増大です。
いくら痛みがなくなったとしても、適切な身体機能の改善ができていなければまた同じ負荷がかかってケガをするし、たくさん走って持久的に回復したと思っても、実際のトレーニングではその運動量の中身に違いがある。いわゆる認知的負荷などは、複数人数の対人トレーニングでは見るものや考えるものよりも多くの集中力が必要となるだけではなく、相手の速い動きに合わせて動くなど同じ走行距離のトレーニングと比べても負荷が高い。また、それが1日はできたとしても、連続的に同じ負荷の中で力を発揮できない持続力の問題なども考えられます。……
Profile
赤荻 悠
茨城県出身。学習院大学を卒業後、『流行通信』誌を経て『footballista』編集部へ。2015年8月から副編集長を務める。