育成年代のケガにどう向き合うべきか。名古屋グランパスアカデミーフィジカルコーチ、柳下幸太郎の知見と関わり【前編】
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #15
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第15回は、育成年代のケガについて。Jクラブの現場で何が行われているのか、未来ある少年たちを外傷、障害から守るために、そして彼らが今後高いレベルで長く活躍し続けられる選手へと成長するために日々奮闘する、名古屋グランパスのアカデミーフィジカルコーチ、柳下幸太郎氏(35歳)に話を聞いた。
ケガの発生率を下げる“動きづくりのトレーニング”
――2018年から名古屋グランパスに所属されている柳下コーチですが、まず初めに、現職に至るまでの経歴からお聞きできればと思います。
「早稲田大学の大学院でスポーツ科学の研究をしていまして、そこで大学院在籍時から計7年間、早稲田大学ア式蹴球部のフィジカルコーチを務めていました。同時に、卒業後は『森永製菓inトレーニングラボ』というオリンピアンやプロ野球選手などサッカー選手以外のアスリートが多く契約するパーソナルトレーニング専用の施設で5年間、パフォーマンスコーチとしてトレーニングの指導に従事し、その後サッカー界に戻ってきたという格好です。
名古屋グランパスでは当初アカデミーのフィジカルコーチとして活動していましたが、その年にトップチームとの兼任になり、2年間はトップチームのフィジカルコーチを務めました。それからアカデミーに戻って現職に就き、ユース、ジュニアユース、ジュニアの3カテゴリーをフィジカルコーチとして統括しています。ですので、サッカーだけじゃない様々なスポーツとサッカーに特化した現場、さらにそこで小中高大の各年代とトップチームに携わることができ、いろいろな経験をさせてもらっていますね」
――アカデミーフィジカルコーチとしての仕事や役割、そして柳下コーチをはじめグランパスのアカデミーがどのような体制でケガへの対処を含むフィジカル部門を担っているのか、概要を教えてもらえますか?
「ケガに関して言うと、私とクラブに在籍する2人のアスレティックトレーナーで3カテゴリーをオーバーラップしながら見ています。障害発生後はトップチームのドクターと連携して速やかに診察、アスレティックトレーナーが初期のリハビリから対応し、フィジカルコーチは長期離脱(目安として全治3週間以上)の選手を中心に完全合流可能な心身の状態であるかを確認しながらトレーニングを組む、というのが大まかな役割分担です。
根本的には、ケガの発生をどう防ぐか、もっと言えば選手がケガをしにくい体、効率の良い動き方を身につけることを目標とし、そのための“動きづくりのトレーニング”というのを、ウォーミングアップの位置づけではなくパフォーマンスアップを目的としたトレーニングの一環として、各セッションで時間をもらって担っているという形ですね」
――トップチームとも日々そうして連携しているのですね。
「シーズン中にユースからトップチームに練習参加する場合も多々あるので、メディカル側では互いに選手のその日のケガの有無等の情報を交換し、フィジカルコーチ間では選手のGPSデータなど活動量の共有を必要に応じて行っています」
――大人の選手とは違い、体がまだでき上がっていない成長途中にある育成年代の選手のケガに、どういった視点や意識を持って向き合っているのでしょうか?
「ケガの発生率を下げる、ケガの重症化を防ぐ、これらは我われアカデミーのスタッフに課せられている役割であると同時に、何より重要な視点として、選手が今後高いレベルで長く活躍し続けられる選手へと成長できるように、彼ら自身が自分の競技パフォーマンスを上げるためにどんな情報をインプットしてどんな取り組みをしていく習慣をつけられるか、そのためにコーチとしてどのような働きかけができるか、ということに重きを置いています」
育成年代に多いケガと「ムーブメントチェック」
――育成年代の選手に多いケガというのは?
「まず、どのような時にケガが起こるのか?をシンプルに表現すると、選手の耐性、すなわちそれぞれの選手が持つキャパシティ(=身体機能、動きのスキル、筋力・パワー、回復力など)よりも、かかった負荷が大きくなった時にケガが発生するわけです。それを防ぐためには、負荷の観点で言えば『段階的なトレーニング負荷(強度×量)の設定』、耐性(キャパシティ)の観点で言えば『個人の特性を踏まえた機能改善+動作スキル向上+筋力・パワー向上』、『適切な疲労回復(栄養・睡眠・運動のバランス)の取り組み』というのが重要になります。
そして、どんなケガが育成年代に起こりやすいのか? なぜ起こるのか?を理解した上で、ケガのメカニズムから逆算したアプローチが必要です。ケガを大きく2つに分類すると、1回の外力(負荷)によって組織が損傷する急性の外傷と、繰り返しの軽微な外力によって徐々に組織が損傷していく慢性の障害があります。年齢に応じても差はありますが、急性では捻挫、手首・腕の骨折、加えて筋肉量が増えてくるユース年代では肉離れなどが多く見られます。
慢性の例としては、成長過程で骨が伸びてくると脆くなるため疲労性の骨折が起こりやすく、足裏横の第5中足骨の骨折やシンスプリント(脛骨過労性骨膜炎)、小学生年代に多いものでは踵(かかと)の骨の障害でシーバー病があります。この他、腰の障害として疲労性による腰椎分離症、膝の剥離骨折を引き起こすオスグッド病なども育成年代に多いケガです。
慢性障害は日々の小さな体への損傷、筋肉や骨に対するちょっとした負荷が積もり積もって最終的に痛みになる。小さな痛みでもそれを放置してしまうと、大きなケガに繋がってしまいがちです。なので、それをいかに早く気づいて回復できるかという視点と、そもそもそういう負担がかからないような動き方を身につけることが大事。対策の一つとしては、一定箇所に負担がかかるような不良姿勢・動作の改善が重要になります。
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Profile
赤荻 悠
茨城県出身。学習院大学を卒業後、『流行通信』誌を経て『footballista』編集部へ。2015年8月から副編集長を務める。