“ケガに泣く”のは誰なのか?サッカーファンなら知っておきたい、クラブと選手が背負う「本当のコスト」
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #11
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第11回では、意外と正しく認識されていないケガによって選手、クラブが背負う「コスト」を、FIFPROアジア支部代表の山崎卓也氏が解説する。
選手がケガをして長期離脱した場合、多くのファンなどに、その被害として認識されていることは「ケガのせいで重要な試合を欠場してしまうことになる選手がかわいそう」あるいは「ケガの期間も年俸を払い続けているクラブが気の毒だ」などといったものであろう。
もちろんそれは間違ってはいないが、こうした点のみを「コスト」と考える際はとかく選手については仮にケガがあってもなくても良い時も悪い時もあるのは当然だし、クラブについても試合をやる以上は一定数のケガ人が出るのも当然で控え選手にとってはチャンスでもあるということで大雑把に「納得」され、それがケガをした場合の「本当のコスト」に関する正しい理解を妨げている原因になっているとも言える。
国際プロサッカー選手会FIFPROではここ数年、増え続ける試合の中で限界に達してきている選手の負担(Workload)の問題を繰り返し取り上げてきており、こうした「Player Workload Monitoring(PWM)」の一環として、選手の実際の試合出場時間や移動距離などをオンライン上で確認、比較できるPWMツールを公開したり、毎年レポートを発表してその年ごとの傾向を分析したりしている。
また、そうした流れを受けて2024年2月19日、FIFPROのアジア支部は『AFCアジアチャンピオンズリーグ 費用対効果分析レポート』を発表。現状のACLが、選手とクラブが負担する「コスト」を上回るメリットを提供していないと分析するとともに、こうした事態の根本的原因として現状の試合数、国際マッチカレンダーがFIFAやAFCといった上部団体によって決められ、そこにクラブ・リーグや選手の意見が反映されないピラミッド型の意思決定の構造にあることを指摘。こうした意思決定を、ステークホルダーを含めたパートナー型のものに変えていくべきだという提言を行っている。
このように増え続ける試合とケガのリスクの増大の中で、選手やクラブの「コスト」負担が限界に達するようになってきていることから、近年はこうした「コスト」の種類、程度の分析や、それへの抜本的対策が議論されるようになってきている。
そこで本稿では、選手がケガをした場合、「その『コスト』の種類と程度とは何か」「その『コスト』を補って余りあるだけのメリットはあるのか」「その『コスト』を負担すべきは誰なのか」「その抜本的対策、特に国際マッチカレンダーの決め方」について整理し、改善に向けての視点を提供することとしたい。
クラブとの関係悪化、トラブルに繋がる「コスト」も
コストには大きく分けて選手が負担するコストとクラブが負担するコストがあるが、まずは選手が負担するコストについて分析してみる。
選手が負担するコストの代表格は、クラブと結んでいる選手契約への影響に関するものである。この点、サッカー界の基本ルールとしては選手は仮にケガをしたとしても、それを理由にクラブから契約を打ち切られることはなく、契約期間満了まで年俸の支払は保障されるのが原則なので、その意味では少なくとも短期的には選手側の「コスト」はないように見える。
しかしながら細かく分析すると、例えば次のシーズンの契約、来るべき移籍マーケットにおける市場価値の低下など、少なくとも契約期間満了後の状況に多かれ少なかれ影響をもたらすことは明らかであり、それはケガをしたタイミングが契約期間満了時に近い場合であればなおさらである。また当然、ケガの種類によってはそのせいで選手としてのキャリア自体が終わるほどの重大なケガもあるし、そこまで行かずともケガ以前のパフォーマンスを取り戻せなければ、当然、選手としての寿命自体が縮まることになる。
さらに契約期間中の年俸は保証されるとはいえ世界には様々なクラブがあり、その中には給料未払いの常習犯のようなチームも存在する。彼らは選手がケガをした瞬間に態度を変え、あの手この手で契約解除を試みたり選手自身にクラブとの契約を終わらせるよう促す(あるいは脅す)試みをしたり、その他の理由で何とか年俸を支払わなくて済むようなアクションを取ることがある。
また、よくあるケースとして選手が海外でプレーしている場合において、自分の信頼できるドクターなどに診てもらいたいという理由で自国に戻ることを希望した場合に、それをクラブが拒否する事例もある。本来FIFAの通達で現所属クラブ側の医師だけでなく選手が別の医師にセカンドオピニオンを聞く権利は尊重されるべきと定められているものの、それを認めないスタンスを取り「無断で出国するなら契約違反で契約を解除するぞ」と脅すクラブもある。
このようにケガをきっかけにそれまでは問題のなかったクラブとの関係が悪化しトラブルに発展するケースも少なくなく、特に自国以外でプレーしている選手にとってはコミュニケーションすらままならない中で、不条理な環境を強いられるストレスもあるのでこうしたことも「コスト」としては見逃せないものとなる。加えて長期のリハビリ、試合欠場によるメンタルヘルスの問題やファンからの誹謗中傷、将来への不安などもほぼ常時発生する「コスト」と言える。
また、細かい話のように聞こえるかもしれないが、試合欠場により、出場給、勝利給その他のインセンティブがもらえなくなるということも「コスト」となる。世界のクラブの中にある相対的に年俸を低くして、年間一定試合に出ることによるボーナスを高めに設定しているケースでは、この「コスト」のインパクトも大きなものとなる。
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Profile
山崎 卓也
1997年の弁護士登録後、2001年にField-R法律事務所を設立し、スポーツ、エンターテインメント業界に関する法務を主な取扱分野として活動。現在、ロンドンを本拠とし、スポーツ仲裁裁判所(CAS)仲裁人 、国際プロサッカー選手会( FIFPRO)アジア支部代表、世界選手会(World Players)理事、日本スポーツ法学会理事、スポーツビジネスアカデミー(SBA)理事、英国スポーツ法サイト『LawInSport』編集委員、フランスのサッカー法サイト『Football Legal』学術委員などを務める。主な著書に『Sports Law in Japan』(Kluwer Law International)など。