「サッカー選手の認知症リスクは3.5倍」その後。12歳以下ヘディング禁止へ、当事者たちの意識も変わるイングランド
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #9
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第9回は、2019年以降にわかに議論が活発化しているサッカーと認知症、ヘディングと脳障害の関連性について、イングランドの現場で見られる具体的な行動や今後の方向性を、現地から山中忍氏がレポート。
新たな調査結果でも「一般人の約3.5倍」、GKは「一般人と同等」
昨年10月23日、ミドルズブラ(イングランド2部)で正監督キャリア1年目を終えたばかりだったマイケル・キャリックが、クラブ公式サイトに追悼の言葉を寄せた。その2日前、クラブレジェンドのビル・ゲイツが79歳で他界してしまったのだ。ミドルズブラ一筋だった元CBの悲報が全国的に伝えられた背景には、サッカーと認知症の関連性を訴えるキャンペーンの「顔」としての一面がある。
偏頭痛に悩まされて30歳で現役を退き、のちに認知症と診断された故人は、2021年9月に行われた歴史的チャリティマッチの“キーマン”でもあった。ヘディング禁止ルールが採用された、成人11人同士のチームによる初の試合だった。この一戦の主催者は、病に苦しむ夫を見守ったゲイツ夫人が、前年にサッカーやラグビーの選手と神経変性疾患に関する研究の資金援助を目的として立ち上げた慈善事業団体。昨年にはサッカー選手に特化した団体も設立されている。
ミドルズブラは、英雄を失った翌週のホームゲームを故人に捧げた。勝利への口火を切った先制点は、皮肉にもヘディングによるゴール。しかし、サッカー選手としての職業の一部であるヘディングの繰り返しが、のちに脳障害を引き起こすリスクに対する英国民の認識は確実に高まっている。認知症を含む慢性外傷性脳症は、もはや「ボクサー認知症」という俗称では呼ばれない。それだけ、サッカー選手との関係を新聞やニュースで見聞きする頻度が増しているのだ。
奇しくもゲイツ氏と同じ2023年10月21日、イングランド代表レジェンドのサー・ボビー・チャールトンが天に召された際には、CFだった当人の他にも、実兄のジャックを含む4人の1966年W杯優勝メンバーが認知症を患う晩年であった事実にスポットライトが当てられた。やはり往年のストライカーで、同メンバーで唯一存命のジェフ・ハーストは、再び盟友たちと一緒になる時が訪れれば、認知症患者ではない自身の脳を研究機関に提供する意思を公言してもいる。
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。