メディカルチームの未来。AI時代のメリット、細分化のデメリットと結局は「人」【後編】
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #8
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第8回となる元モナコのチームドクター、フィリップ・クエンツ博士(Dr. Philippe Kuentz)のインタビュー後編は、17季ぶりにリーグ1を制した「本当に夢のような」7年前の回想から、メディカルチームが直面する今日の課題、そしてフットボーラーを取り巻くメディカル環境を今後さらに良くするための提言まで。
→【前編】モナコの名ドクターが語るメディカルチームの使命、ケガをめぐる「5者」の関係性と“攻防戦” はこちら
→【中編】ドクターの尽力でどれほどケガは防げるか。負傷しやすい選手とは?汚染物質が体内で炎症を引き起こす現象とは? はこちら
「いつもつるんでいた」選手たちと、メディカルチームが果たした貢献
――2017年にモナコがリーグ優勝した時は、チームはどのような状況にあったのでしょうか?
「あのシーズンのリーグ1にはパリ・サンジェルマンなど、我われより強いチームもありました。しかしあの時のモナコは、あらゆる要素が見事に調和して、すべてがうまく回っていたのです。心理面でも非常にバランスが取れていた。精神的な支柱となれるリーダーがいて、ピッチ上ではまた別のリーダーがいて、テクニックの面で引っ張れる選手というのもいた。体格の良い選手もいれば、小柄でスピードのある選手もいた。そしていろいろな国の選手が集まっていた。監督(レオナルド・ジャルディン/現アル・ラーヤン)は大変知的な指揮官で、ゼネラルディレクターの(バディム・)ワシリエフ氏がまた、並外れて素晴らしい人物でした。彼はエージェントや選手とのやりとりが非常にうまかった。あの時は本当にすべてが完璧に融合していて、いろいろなこと全般において健全な状態でした。試合の日、ピッチに出ていく時、選手たちは『今日は勝てるか』ではなく、『今日は何点差で勝って、ゴールを決めるのは誰か』と考えていました。
それにとにかく楽しい雰囲気に満ちていて、常に笑いであふれていましたね。信じられないほどポジティブなダイナミックさを感じていました。非常に高いレベルまでいくと、ある域を超えた時に、一人ひとりが、自分にできる最高のものを発揮して、互いのためにベストを尽くし、チームに最大限貢献する、と実感できる場所に到達するんですね。
私たちが優勝できた要因はそこにありました。それを司っていたオーケストラの指揮者であるジャルディン監督は、心理面に非常に長けていて、知的で人間味のある人物でした。パフォーマンスという点においてはベストではなかったかもしれませんが、選手たちとのコミュニケーションが抜群にうまく、みんなを一つにする秘訣を知っていました。あのグループには信じられないような一体感があったと思います。
本当に夢のような1年でした。多くの試合があり、多大な努力や奮闘、移動を強いられましたが、お互いへの敬意、そして何人かの並外れたタレントもいました。キリアン・ムバッペ(現パリ・サンジェルマン)もいましたしね。しかし彼らのような傑出した選手たちも、完全にグループとしてまとまっていて、いわば『自分たち vs 外の世界』といった感じでした。彼らは常に一緒にいて、練習中だけでなく練習後も、昼も夜も、いつもつるんでいました。お互いに一緒にいるのがとてもハッピーだったからです。あの年のチームの何が特別だったか?と聞かれたら、私はこのことを挙げるでしょうね」
――そうしたハーモニーを築くことは、とても難しいことでもありますよね。
「ええ。非常に難しいです。というのも、選手やエージェントたちには常に多くの相反する利害関係があるのが普通で、若い選手のグループが年長のグループに敵対心を持っていたり、お互いを好ましく思っていない選手が何人か存在する、といった状況は必ずあるものです。30人もが一緒にトレーニングするわけですからね。でもあのチームは、何ものも止めることができない巨大でポジティブなマシンのようでした。
それはチームビルディングが成功した結果でもあり、技術的なことだけでなく、心理面を構築できた成果でもありました。チームビルディングで一番重要なのが、リクルートした選手が実際にチームに加入する瞬間です。もし失敗すれば、それはメディカルチームの落ち度となります。3年間の契約だったとして、3年間ずっと医務室の常連になってしまう危険性もあるわけなので、この入団の瞬間に我われは常に注力してきました。
そのために、我われは新加入の選手について完璧な評価表を作成します。MRI検査から十全な血液検査、24時間から48時間かけて心臓専門医から歯科医など、すべての専門家が総出であらゆるチェックを行います。その段階でケガ予防のプログラムを作成します。選手本人が気づいていないことまで検知して、彼らのことを詳細に把握するわけです。過去に起きたこともチェックし、それがしっかり完治しているかを確認します。なので、メディカルチームは(入団時という)本質的に非常に重要な瞬間に関わっているということになります。そしてモナコには、こうした重要な意味を持つ作業を進めるにあたって適切な手段(設備、資金など)が整っていました」
「栄養」「心理」部門の分離は間違い。医学的な見識、人間的な話し合いとともに
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Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。