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ガイナーレ鳥取・小谷野拓夢コーチに聞く、強化育成部長から転身した激動の1年目とJ3のリアル

2024.03.25

コーチの肖像#4

現代のサッカーでは戦術、フィジカル、メンタルなど様々な分野が高度化しており、監督一人の知識やアイディアではなく、コーチングスタッフの力を結集しなければ勝てない時代になった。専門家集団を取りまとめる監督のマネージメント力はもちろん、リーダーを支えるコーチたちの力量もますます重要になってきている。普段は光が当たらない仕事人たちの役割に迫る

第4回は、ガイナーレ鳥取で1年目は強化育成部長からヘッドコーチ、2年目はヘッドコーチ兼トップチームオペレーションサブマネージャーという激動の時を過ごしている小谷野拓夢コーチに、自身の仕事とJ3のリアルについて聞いた。

異例の転身?強化育成部長からヘッドコーチへ

――前回取材させていただいた時は強化育成部長に就任してすぐだったと思いますが、その後は立場も変わり、かなり激動だったと想像します。実際インタビュー後はどんな感じだったのでしょう?

 「すでにクラブには今までのでき上がっている形があるので、そこに僕がどう貢献できるのか、最初の数カ月はまずは現状を『知る』ことがテーマでした。毎日練習に顔を出したり、監督とのコミュニケーション、選手との面談などを通して刻々と変化するトップチームの状況を知った上で、アカデミーダイレクターの畑野さんや当時のユースチームのコーチで今はトップチームのコーチになった丹羽さんらのアカデミーでの練習を見ることで、横断的にクラブの現状を知ることが第一歩でした。

 同時に、リーグ戦をこなしていく中での課題は当たり前に出てきていたので、その課題については強化育成部長という立場からトップチームのオペレーションマネージャーの杉本、GMの岡野、社長の塚野ら経営陣に対して客観的な評価をお伝えさせていただきました。今のチームはどういう状況なのかを経営陣に共有した上で、当時の金監督(現FC琉球監督)とコミュニケーションを取って一緒に問題解決を考えていったのが6月中旬までですね」

――なるほど。フロントと現場をつなぐイメージですね。現場のサッカーを評価する上での基準などはあったのでしょうか?

 「そこは主観というよりは、客観的な指標ですね。6月の時点で最低限獲得しなければいけない勝ち点を過去の残留ラインを参考に出していました。ただ、今月このくらいの勝ち点が必要という目標ラインをクリアできず、加えて当時最下位だった北九州に負けてしまって……。そこでクラブの中で協議した結果、監督交代という判断が下されました。それが6月末、アウェイでの鹿児島ユナイテッド戦の前ですね」

――そこで小谷野さんがヘッドコーチとして現場に行くという形になったわけですが、いきなりフロントから現場への転身なので個人的にはかなり驚きました。

 「僕の判断というよりも、ガイナーレには最終的に経営陣全員で話し合う文化があって、その話し合いの中で『降格の危機に直面しているので、今クラブにあるリソースを最大限活用しよう』ということになりました。選手もそうですし、僕やその他のスタッフもそうです。降格の可能性が現実的になっていた危機的状況で、残留のために何をすべきか。その中の1つの判断として、長年ヘッドコーチとしてクラブを支えてきて現場を熟知している増本さんの監督昇格であったり、クラブの問題点を分析・報告していた小谷野を現場に送って、そこで直接チームの改善を図れということになりました」

ヘッドコーチ兼チームオペレーションサブマネージャーを務める小谷野拓夢(Photo: GAINARE TOTTORI)

――その時は強化育成部長の仕事は完全に手を離して、現場に入ったということですか?

 「はい。僕の役割は2つで、1つは映像を使った分析。具体的には、対戦相手の分析と自チームへのフィードバックのための映像分析ですね。もう1つはトレーニングの指揮です」

――役割としては純粋なヘッドコーチですね。現場のトレーニングも担当しつつ、分析もやるのはかなりハードワークですね(笑)。

 「ただ、対戦相手の分析は僕の得意分野でもあるので、クラブの危機的状況で自分の強みを生かしたいという思いはありました。あとは今までは自由度の高いサッカーをやっていたので、もう少しプレーの基準を作ろうということで、増本監督とコミュニケーションを取りながらチーム内での決まり事、プレー原則の整理も行いました」

――増本監督はどういうサッカーを目指していたんですか?

 「やや抽象度が高い表現になってしまいますが、今までの攻撃的でボールを持つサッカーを維持しながら、失点を減らすために攻守のバランスを取ったサッカーをやりたいという考えを持たれていました。数字的にもガイナーレは失点が多かったので……。その目標を達成するために、選手に言語化して伝えるためにどういうプレー原則を決めるのかもそうですし、映像分析もトレーニングもその観点に基づいてやっていきました」

――ヘッドコーチをやられていた増本監督が指揮を執ることからも大きく変えるのではなく、微調整ということですよね。

 「はい。スムーズに移行できたのは、増本監督がチームのことを知っていたのは大きいと思います。こういう状況では大きな変化を加えるというよりも、チームを知っている人間がバランスを整える方が結果が出やすいですからね」

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Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。