FEATURE

ホーランドも言う「この世で一番大切なのは睡眠」。ケガのリスク4割減?“睡眠コンサルタント”の活躍増

2024.03.17

【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #3

サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。

3回は昨今、ケガとの関連を裏付ける調査研究やクラブ、選手独自の試みが注目を集めている「睡眠」の重要性について。

ケガを減らしたいなら8時間以上は寝よう

 パフォーマンス向上とケガのリスク軽減はスポーツ界の永遠のテーマだが、その両方に効果があるとして、あらためて注目を集めるようになったのが人間には欠かせない「睡眠」である。

 ザ・ビートルズの名曲『イエスタデイ』は、ポール・マッカートニーが夢の中で思いついて誕生したという。あまりにも自然に浮かんだので、既存の曲かと思って1カ月ほど周りの人に聞いて回ったそうだ。もちろん、夢の中でペップ・グアルディオラの攻略法やDFフィルジル・ファン・ダイクの抜き方がひらめくとは思わないが、良質な睡眠がその助けになることは間違いない。

 人生の3分の1もの時間を占める睡眠は、私たち人間にとって最も重要な活動と呼ぶべきだろう。だからこそ、敵チームのホテルの前で夜通し騒ぐファンや、いたずら電話をかけて睡眠を妨害する輩が出てくるのだ。プレミアリーグで得点を量産するマンチェスター・シティのノルウェー代表FWアーリング・ホーランドも「この世で最も大切なのは睡眠」と断言しており、睡眠の質が選手のパフォーマンスに直結することは容易に想像がつく。

 それを裏付ける研究結果もある。スタンフォード大学の男子バスケットボール部を対象にした調査で、毎日10時間以上の睡眠を40日間続けた結果、スプリントスピードが向上し、フリースローとスリーポイントの成功率は9%も上がったという。競泳でも10時間以上の睡眠でレース開始時のリアクションタイムなどの向上が見られたそうだ。学生テニス選手も9時間以上の睡眠でサーブ成功率が改善されたという報告がある。十分な睡眠を取れば頭が冴え、集中力が増し、肉体・精神的な疲労も回復し、心身ともに良い状態で試合に臨めるということだ。

 そして、良質な睡眠はケガのリスクを軽減させるという報告もある。ニュージーランドの18~23歳の学生アスリートを対象にした調査によると、睡眠時間が8時間以上の学生はケガや病気のリスクが2割も低かった。さらに良質な睡眠を取れた学生は、ケガのリスクが4割も低かったそうだ。別の実験では、8時間未満の睡眠で筋肉系のケガのリスクが1.7倍も増えたという。また、アメリカ軍の特殊作戦部隊を対象にした調査でも、4時間以内の睡眠の兵士は8時間以上の睡眠に比べてケガのリスクが2.35倍も高かった。

 フランスではサッカー選手を対象にした研究も行われた。2014-15シーズンの前半戦、リールの当時31歳の選手に活動量計(睡眠時間を計測する装置)を装着してもらい、データを集計した。選手名は明かされていないが、SBであり15試合に出場という説明から、現在クラブのフットボールディレクターを務める元U-21フランス代表DFフランク・ベリアと特定できる。当時リールはELに出場していてミッドウィークにも頻繁に試合があり、過密スケジュールをこなしていた。シーズン前半戦、この選手は3度のケガ(そけい部、ハムストリング、足首)を負い、計23日間ほど戦列を離れたという。

右が2007年から現役を引退する2017年までリールで長年プレーしたDFベリア。写真は2012年11月、ケガに泣かされた名手の一人、ロッベンとマッチアップしたCLバイエルン戦で

……

Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。