サッカーのインテンシティ向上を支えるハイパフォーマンス部門の実態【スパルタ・ロッテルダムHPP相良浩平インタビュー前編】
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #4
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第4回は、オランダの古豪スパルタ・ロッテルダムでヘッド・オブ・フィジカルパフォーマンス(HPP)を務める相良浩平氏に、欧州サッカーのハイインテンシティ化がもたらしたクラブ内の組織変革、フィジカルトレーニングの変化について聞いた。
欧州サッカーで「ハイパフォーマンス部門」が重視される理由
――前回のインタビューから2年ほど経ちました。あらためて相良さんの現在のお仕事について教えてください。
「現在オフィシャルには、スパルタ・ロッテルダムの『ヘッド・オブ・フィジカルパフォーマンス』というポストを務めています。最近はフィジカルコーチのことを『パフォーマンスコーチ』と呼ぶようになってきましたが、その役職名だとチームのパフォーマンス全体を担うイメージがありますので、クラブから『ヘッド・オブ・パフォーマンス』という名称で提案されましたが、私から『ヘッド・オブ・フィジカルパフォーマンス』というポストにしてくださいとお願いしました」
――今、欧州サッカーでは「ハイパフォーマンス部門」を置くクラブが増えてきています。日本のプロ野球など様々なスポーツでハイパフォーマンス部門を設置するチームが見られるようになってきました。そもそも「ハイパフォーマンス部門」とは、どのようなニーズで設置され、具体的にどのような役割を担う組織なのでしょうか?
「以前は各チームにフィジカルコーチが1人いる、というケースが主流でしたが、現在の欧州サッカー界はフィジカル部門が担う領域がとても幅広くなってきました。僕が所属しているスパルタ・ロッテルダムを例に挙げると、フィジカルパフォーマンス部門の役割は、①チームのトレーニングスケジュールを組むこと、いわゆるピリオダイゼーションですね。②コンディショニングトレーニング、③ストレングストレーニング、④フィジカルデータの管理、⑤『リターンtoプレー』と呼ばれるリハビリの最後の段階を管理すること、主にこの5つです」
――5つ全部となると、1人のフィジカルコーチが担える仕事量ではなさそうですね。
「なので、今は基本的にはストレングスコーチ、データ管理・分析を担当するデータサイエンティスト、リハビリの『リターンtoプレー』を担当する3人の人員を置き、それを1人の責任者が管理するという体制が多いです。『ハイパフォーマンス』部門、『フィジカルパフォーマンス』部門などクラブによって呼び名は様々ですが、フィジカル部門が重要視されるようになり、人員が拡大していく傾向にあるのは間違いないと思います」
――最少ユニットは4人で構成されるイメージでしょうか?
「基本的にはそうですね。例えば、ウォーミングアップ時の走行系のトレーニングを仕切る人を置いたりするケースもありますが、スパルタではその役割は僕が兼任しています。たくさんのデータを取っているアヤックスあたりは、データサイエンティストを何人も抱えていますし、データ分析にどれくらいの人数を割くは、チームの予算によって変わってきます。少なくとも最近では、先ほど説明した人数で回しているケースが多いと思います」
――フィジカルパフォーマンス部門に関して言うと、監督やアシスタントコーチなどのピッチ上のコーチたちとは、明確に職務が分担されているのでしょうか?
「はい。職務は分担されています。ただ、関わる人の数が多くなるとコミュニケーションを取ることが難しくなるので、フィジカルパフォーマンス部門のコミュニケーションの責任者として僕がいるという感じですね。フィジカルパフォーマンスの情報は僕が一元的に持っており、それを各メンバーにシェアする役割もあります」
――スパルタでフィジカルパフォーマンス部門が設置されたのはいつ頃ですか?
「僕がスパルタに来た9年前は、僕がメディカルとフィジカルの両方を兼任する形でした。5年前にクラブからメディカルとフィジカルをそれぞれ独立させたいという話が出て、僕はフィジカルを専門とする形になりました。そこから、少しずつ人が増えてきて、最終的にフィジカルパフォーマンス全般を統括する部署になり、去年ヘッド・オブ・フィジカルパフォーマンスという現在の役職名に変わりました」
――取れるデータの種類が増えてデータサイエンティストなどの新たな人員が必要になったこと、サッカーのインテンシティが向上したことでよりフィジカル管理へのニーズが高まったことなどが、フィジカルパフォーマンス部門が拡大している理由でしょうか?
「そうだと思います。取れるデータが増えてきたことで『フィジカルパフォーマンスが高いチーム』を目指すチームが増えてきました。『フィジカルパフォーマンスが高い』という状態にはケガの予防も含まれます。その流れの中で、様々なクラブ内で重要性が高まってきたのだと思います。やはり大きなクラブほど、パフォーマンス部門に多くの人員を投入していますね」
――今季は特にプレミアリーグの多くのクラブがケガ人に苦しんでいる印象です。特に三笘薫選手が所属しているブライトンはかなり厳しい台所事情を強いられています。
「ブライトンは初めてELに出場したことによる試合数の増加が影響したのかもしれませんね。欧州カップ戦がスケジュールに入ってくると、かなり大きな変化がありますから」
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Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。