膝前十字靭帯損傷のリスクは男子の「4〜6倍」。女子サッカー界を襲う異常事態に今すべきこと
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #2
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第2回は、女子サッカーにおいて世界的な問題となっている「ACL犠牲者」激増の要因と、その不十分な理解や環境について、イングランドの現状を中心に山中忍氏がレポートする。
WSLでは2月までに13選手がACL犠牲者に
今季のイングランドでは、例年以上に多いプレミアリーグ選手のケガが前半戦から騒がれてきた。だが、もう1つの国内トップリーグでは、医療の専門家が「津波」と表現するほどの激増を見ている。
しかも、損傷部位は膝前十字靭帯(ACL)。一般的に全治9カ月とされ、シーズン絶望となる重傷だ。女子1部のウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)では、メディアで報じられたケースだけでも計13人が、「ACL犠牲者」として戦列を離れたまま今年3月の声を聞いた。
この状況を押し寄せる荒波にたとえたのは、整形外科医として国内メディアやポッドキャストに登場する機会の多いネブ・デービス氏だった。同氏によると、女子選手が前十字靭帯のケガに見舞われるリスクは男子の「4〜6倍」で、再び完治とピッチ復帰が叶う確率は「25%」低いとする研究結果が出ているという。
昨年の女子W杯で、代表チーム1カ国分(23人)を上回る数の選手が、ACL犠牲者となって欠場を余儀なくされた事実は、いまだ記憶に新しい。国内での昨季は、アーセナル・ウィメンだけで前十字靭帯の損傷例が4件。今季は、チェルシー・ウィメンの主砲サム・カーと、新ストライカーのミア・フィッシェルのシーズンが後半戦突入早々に終わっている。彼女たちの例は、有名選手であるがゆえに公的に知られているに過ぎないのだから、専門医が恐ろしい自然災害にたとえるわけだ。過去1年半ほどの間に国内で行われたACL再建手術は、その半数近くがサッカーに起因しているという。
「女性が単に『小柄な男性』のように扱われ続ける世界で」
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。