カタールW杯の余波は色濃く。23-24のケガ人続出の背景を最新データから読む
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #1
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第1回は、23-24シーズンの欧州サッカー界で問題視されている負傷者増加の背景、過密日程が選手に及ぼす影響について、医師でサッカー指導者でもある村山瑛氏に最新の調査データを読み解いてもらった。
選手のケガにとどまらず、健康面に関するケアは、近年のサッカー界で最も注目される要素の一つとなっている。ケガに関しては、診断や手術の方法が発展し、復帰までの予測やリハビリテーションがより高いレベルで実施されるようになってきた。一方で、健康管理がより一層必要になっている現状がある。身体のコンディショニングや栄養学的な問題、睡眠時間やメンタル面など、様々な分野で多くの取り組みが行われている。今回は、W杯による影響から過度な負担を強いられる選手たちの問題点について紹介したい。
今季プレミアでは負傷件数15%増
昨今、様々な場面で監督や選手たちが口にするコメントがある。
「我われは、過度な試合日程に直面しており、今後も改善される気配はなく、さらに過密なスケジュールをこなすことを余儀なくされることだろう」
これは、欧州の主要5大リーグをはじめとして、多くの国々のリーグ開催期間中に行われたカタールW杯(2022年11月20日〜12月18日)による負担に関する問題を含んでいる。もちろん、国の代表選手として戦うことは多くの選手にとって夢であり、誇りであり、サッカー人生においてかけがえのないものであることは言うまでもない。しかし、選手たちは恐ろしいほど多忙になってきている。
多くの選手にとっては、そうでもないかもしれない。例えば、プレミアリーグでプレーする平均的な選手にとっては、クラブのリーグ戦とFAカップ、リーグカップが参加する公式戦となる。カップ戦に関しては敗退すればそれまでだ。
だが、これが上位のクラブに所属する選手になると話が変わってくる。そもそも各国リーグの上位勢はUEFAの大会にも参加しており、予選から決勝トーナメントのほとんどをリーグ戦と並行して戦う。コロナ禍が明けてからはプレシーズンに他国でのプロモーションツアーが組まれることも増えてきた。さらに、プレミア上位クラブの選手は多くが代表選手だ。W杯や五輪の地域予選から本大会、各大陸選手権などに参加することになる。これは代表戦でクラブを離れた彼らだけでなく、残った選手たちにも負担がかかる。直近ではアジアカップやアフリカ・ネーションズカップが1月から2月にかけて開催されたため、出場した代表選手が所属するクラブはその間、少ない人数でのやりくりを強いられた。
『BBCスポーツ』が昨年11月下旬に掲載した記事「Newcastle & Manchester United: Why are Premier League injuries at a new high?」では、現在のプレミアリーグにおけるケガの状況が考察されている。
プレミアリーグでは23-24シーズンの開始3カ月余りで196件のケガが発生した。過去4シーズンと比較して15%も増加したという。中でもニューカッスルとマンチェスター・ユナイテッドに負傷者が多発していた。これはUEFAの大会による負担増が原因かと思われがちだが、そうではない。同時期のウェストハムは同じようにELに参加しているが、ケガ人の数はリーグ最少だった。ニューカッスルでは前シーズンに一部の選手の出場時間が非常に多くなっており、その影響が今シーズンに響いているのではないかという見方だ。
このような状況から、22-23シーズン中に開催されたカタールW杯の負担が選手たちに多少なりとも影響している可能性が示唆されている。なお、カタールW杯前に行われた11試合(一部12試合)でのケガ人の数は、今シーズンの同時期に比べて45件少なく、選手たちがW杯のために強度を下げて自己防衛していたという話もあるが推測の域を出ない。
W杯の影響と5大リーグの傾向
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Profile
村山 瑛
1981年、栃木県生まれ。医師。社会人になりサッカーから遠ざかっていたが、長男がサッカーを始め、選手経験はないが指導者となり8年目。整形外科とリハビリの診療をしており、スポーツ障害と怪我の管理をもう少しチームや選手に伝えたいと思いつつも、道半ば。アイントラハト・フランクフルトと栃木SCのファン。6児の父。