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“民設民営”「今治里山スタジアム」の建設スキームを支える独自コンセプト【矢野将文社長インタビュー前編】

2024.02.24

なぜ、新プロジェクトが続々発表?サッカースタジアムの未来#10

Jリーグ30周年の次のフェーズとして、「スタジアム」は最重要課題の1つ。進捗中の国内の個別プロジェクトを掘り下げると同時に海外事例も紹介し、建設の背景から活用法まで幅広く考察する。

第10回は、2023年1月に自力で資金調達から建設まで全面的に担って「今治里山スタジアム」をオープンさせたFC今治の矢野将文社長に、“民設民営”のスタジアム建設のスキームとそれを支える独自のコンセプトについて聞いてみた。

Jクラブで新スタジアム建設が加速する背景

――2023年1月29日にFC今治の新スタジアム「今治里山スタジアム」がオープンしてから、間もなく1年が経ちます。まずは経営面の感触を聞かせてください。

 「2022年はまだコロナの影響が大きく、2023年の5月にその影響が限定的になったという背景があります。ですので、2022年と2023年を単純比較することはできませんが、2023年のFC今治のホームゲームの平均来場者数は3700人で、この数字はJ3リーグの中では上位に位置します。J1やJ2のクラブほどの規模ではありませんが、私たちのクラブとしては目標を達成して入場料収入もしっかりと得られています」

――今治をはじめ、広島、長崎、その他のJリーグクラブでも、かつてとは異なるコンセプトのスタジアム建設が進められています。なぜ今、このような動きが加速しているのでしょうか?

 「現在のJリーグのスタジアム建設増加の流れに至る大きなきっかけとして、2016年に政府が掲げた『日本再興戦略2016』が挙げられます。その中では、『官民戦略プロジェクト10』における新たな有望成長市場の1つとして、『スポーツの成長産業化』が示されました。そして翌2017年に閣議決定された『未来投資戦略 2017―Society 5.0の実現に向けた改革―』で、2025年までに全国で20カ所のスタジアム・アリーナの実現を目指すことが具体的な目標として掲げられます。これを受け、スポーツ庁が『スタジアム・アリーナ改革』というプロジェクトを推し進めてきました。

 そのような国家的な動きがある一方で、当クラブとしては、新スタジアムの建設がクラブライセンス取得のために不可欠でした。しかし、2015年に地元自治体の関係者に相談したところ、すぐには検討できない、平成の大合併に伴う合併特例債も使い切った、という回答を受けました」

矢野将文社長(写真提供:FC今治)

――その時期は、日本国内で「スポーツ産業の可能性」が活発に議論され始めた時期とも重なりますよね。

 「その通りです。前オーナーに建てていただいた旧スタジアムは収容人数が5000人ほどで、それ以上増設できないという制約がありました。ですから私たちは、これから先にJ2以上に上がっていくため、来場者数を増やすために、拡張余地のあるスタジアムを作る必要がありました。そこでクラブ内でスタジアムを自前で作らなければならないのなら、自分たちが作りたいスタジアムにしようと考えました。例えば、多機能複合型や官民連携による『スポーツ・健康・教育』をキーワードとした交流起点の創出などがアイディアとして出ました。私たちがそのような『夢』を語っても、それを聞く方々が違和感を感じないような時代に変わってきたことも大きかったです。一方で、クラブの成長戦略として、『J2以上に上がるためにスタジアムが必要だ』ということが、新スタジアム建設のモチベーションとして最も大きかったのも確かです。

 私たちは、ホスピタリティを向上させ、みなさんにより楽しんでもらうことをクラブの成長戦略の1つに掲げています。実は、今日の(オンライン)取材で使用しているのは今治里山スタジアムのVIPルームなんです。新スタジアムに、今まではお越しになられたことのないような方々にもお越しいただきたい、特別感のある場所を作ってサッカー観戦を楽しんでいただきながら賑わう社交場にしたい、そのためには『おもてなし』を感じられるものにしなければならないと感じていました。その考え方のもと、VIPルームのエリアには15席の座席を設置し、特別感のある空間に仕上げました。今治里山スタジアムでは、このVIPルームが14室あります」

――環境も整備されていて、いろいろな目的に使用できるように考えてあるのですね。そのような新世代のスタジアムを建設するにあたって用地の確保や立地面の課題についてはどのようにクリアされたのでしょうか?

 「用地については、今治市から約6ヘクタールもの大切な土地を無償貸与していただくことができました。私たちはフットボールクラブ運営を主たる事業とする会社であり、『新しい公共』になることを標榜しています。広島や長崎におけるスタジアムを核とした大規模なエリア開発とは異なりますが、敷地内に社会福祉法人の通所施設を設けて協業したり、カフェを運営したり、ドッグランを作ったり、できることから手を付けて、多様な賑わいを作ってきております」

「今治ならでは」の資金調達方法とは?

――とはいえ、今治のようにほぼ自前で資金調達を行ってスタジアムを建設するケースはほとんど例がないと思います。

 「スタジアム建設には40億円の費用がかかり、そのうち20億円は金融機関から借入をしました。近い将来に元本返済もはじまりますし、減価償却も1億2千万円ほどかかります。市がスタジアムを建ててそれを貸していただけるのならそれも良かったかもしれませんが、私たちにはその選択肢がありませんでした。他の地域がどのような建付けでスタジアム建設を進めているかは詳しくは存じ上げませんが、私たち今治については『今治ならでは』のやり方でやったと言えるでしょう」

――40億円のスタジアム建設費用のうち、金融機関から20億円の融資を受けたとすると、残りの20億円はどのようにして調達したのでしょうか?……

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。