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「山形の野田ちゃん」から「柏の野田ちゃん」へ。ピッチ内外で愛された野田裕喜はJ1でも試合出場にこだわり続ける

2024.02.22

[特集]個人昇格選手の可能性
#6 野田裕喜(モンテディオ山形→柏レイソル)

近年だとFC岐阜からヴィッセル神戸にステップアップした古橋亨梧、松本山雅や水戸ホーリーホックで「J2最速」と言われた前田大然など、J2からの個人昇格でJ1、海外移籍、そして日本代表にまで登り詰めた例が増えてきている。ポテンシャルのあるサッカー選手は出場機会を得れば「化ける」。2024シーズンに臨む個人昇格組の可能性を古巣の番記者に解説してもらおう。

第6回は、モンテディオ山形で主力として成長を遂げ、今季から柏レイソルへ新天地を求めた野田裕喜だ。

突然の柔道着。取材時のボソボソ声。多面的な「野田ちゃん」の魅力

 モンテディオ山形のチーム内ではほとんどの場面で「裕喜(ひろき)」と呼ばれていたが、サポーターからはほぼ「野田ちゃん」と呼ばれていた。加入時にそう呼んでほしいと自身がアナウンスしたこともある。しかし、「野田ちゃん」が定着したのは、ピッチ外で見せる茶目っ気が大きな理由だろう。

 2021年8月、クラブ公式やチームメイト・山田拓巳のSNSで、クラブハウス内のウエイトルームに突如、柔道着姿で現れた野田が紹介された。かねてから「容姿が似ているのでは?」と言われていたウルフアロン選手の東京五輪金メダルの2日後のことだった。

 柔道着を着たまま何食わぬ顔でウエイトトレーニングに励んでいるが、自分が撮影されていることに気づくと、いきなり柔道技らしき技のトレーニングを始める。ウルフアロン本人になりきり、真顔でやりきったようだが、山田からは「バズりたいらしくて自分で柔道着を買ってきた野田ちゃんw」のコメント付きでいろいろとバラされたばかりか、ファン・サポーターからも、白帯であることや靴を履いていることを指摘されるなど、結構隙だらけ。しかし、そうやってツッコまれる空気を纏うからこその「野田ちゃん」でもある。

 クラブハウス内では、年上選手にもあえてタメ語でコミュニケーションを取るなど、その距離感の取り方はある種天才的だが、インタビューや囲み取材でも話術で盛り上げてくれるかといったら、それが真逆だ。率直に言えば、地味で真面目。ひとつひとつ慎重に言葉を選びながら、声もそれほど張らずボソボソと話す。

 全体を振り返れば核心の部分も話しているし、インタビューとしてはしっかり成立しているが、サービスで話を盛ったり、ウケを狙って笑わせるといったエンターテイメント性はほぼ感じられない。ただ、言葉がどう伝わるかを大事にしているのだろうなということは、野田が試合後などに綴るSNSでの文章でも感じられる。

サッカーの駆け引きを存分に楽しめる胆力も合わせ持つ

 野田がガンバ大阪から期限付き移籍で山形に加入したのは19年5月、21歳とまだ若かった。G大阪では背番号2。将来有望な野田が、翌年には完全移籍し、計5シーズンにわたってプレーし、山形に欠かせないセンターバックとなると、このとき想像するのは難しかった。1年目こそ出場は6試合にとどまったが、次からの4シーズンはいずれも30試合以上に出場。山形ではリーグ戦通算151試合に出場し、もちろん、ほとんど先発フル出場。19、22、23シーズンにはプレーオフにも進出している(19シーズンは野田の出場なし)。

 野田が主力の座をつかんだ20年、山形は強い相手との対峙を前提とするそれまでの考え方から脱却し、自らボールを動かし主体的に攻撃するスタイルへの転換を、クラブとしても打ち出している。足元の技術に長けた野田はそのなかで主力として試合を重ね、経験を積んだ。2センターバックの左でプレーすることが多かったが、大きくサイドを変えるボールや、相手の背後を一発で突くロングフィードだけでなく、狭い隙間を縦に通し、ライン間の味方の足元に届ける鋭いくさびも得意としている。相手に詰められるスリリングな場面も多いが、それさえも味方が受けるスペースを広げたり、味方が受けた際に前を向ける状況を作り出すため。そんなギリギリの駆け引きを楽しんでいるようでもある。

 守備ではフィジカル勝負も果敢に挑むが、対峙する相手FWのほうが体が大きかったり、足が速いことが多い。それを前提としたうえで、相手と当たるタイミングを工夫したり、駆け引きに磨きをかける部分を追求してきた。2-1で清水エスパルスを破った昨シーズンの第19節、後半早々にイサカゼインが決めた2点目は、乾貴士へのパスを野田がインターセプトしたプレーが起点となった。ひとつタイミングを誤れば自陣ゴール前で乾をフリーにしかねない、リスクを伴うプレーだったが、落ち着いて対処した。

 そして注目される機会は少ないが、カバーリングの意識の高さも一級品だ。昨シーズンの第18節・ロアッソ熊本戦の前半、相手シュートを前に弾いたGK後藤雅明はボールを追って前に出たが、ひと足早く追いついた大本祐槻が無人のゴールへシュートを放つ。失点を覚悟するようなこの場面でも、野田はゴールマウス前に戻り、ギリギリでクリアした。重要なのは、これが状況判断ではなく、「GKが出たらゴール前に戻る」が体に染みついたものであるということ。何度同じ場面があったとしても、野田は確実にゴールマウス前のカバーに入れる選手だ。

Photo: MONEDIO YAMAGATA

「ピッチに立ち続けること」への強烈な執着

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Profile

佐藤 円

1968年、山形県鶴岡市生まれ。山形のタウン情報誌編集部に在籍中の95年、旧JFLのNEC山形を初取材。その後、チームはモンテディオ山形に改称し、法人設立、J2参入、2度のJ1昇格J2降格と歴史を重ねていくが、その様子を一歩引いたり、踏み込んだりしながら取材を続けている。公式戦のスタジアムより練習場のほうが好きかも。現在はエルゴラッソ山形担当。タグマ「Dio-maga(ディオマガ)」、「月刊山形ZERO☆23」等でも執筆中。