セリエA新スタジアム建設ブームの背景(前編)。変革の契機はユベントスの成功事例
なぜ、新プロジェクトが続々発表?サッカースタジアムの未来#8
Jリーグ30周年の次のフェーズとして、「スタジアム」は最重要課題の1つ。進捗中の国内の個別プロジェクトを掘り下げると同時に海外事例も紹介し、建設の背景から活用法まで幅広く考察する。
第8回は、サッカースタジアムが公営かつスポーツ競技施設と位置づけられている、日本と似た状況のイタリア・セリエAの事例を紹介。前編では「現代化」が遅れた背景、そして(こちらも日本と同じく)ここ数年で複数の新プロジェクトが立ち上がっている“ブーム”の流れを解説してもらおう。
サッカー強国の中では明らかな「スタジアム後進国」
セリエAは欧州主要国の中で、クラブの商業的要請や観客の快適性に配慮した「現代的な」スタジアム環境の整備において、最も遅れを取っているリーグである。
全20チームが本拠地とする18のスタジアム中、21世紀に入って以降に新設あるいは大幅な改築を受け、現代的なスタジアムの要件をクリアしているのは、アリアンツ・スタジアム(ユベントス/トリノ)、ゲビス・スタジアム(アタランタ/ベルガモ)、そしてブルエナジー・スタジアム(ウディネーゼ/ウディネ)とわずか3つに過ぎない。残る15スタジアムは、ほとんどが20世紀半ばに建てられ、その後何度か改修を受けてセリエAの開催基準はクリアしているものの、現代的なスタジアムの要件を満たすとは言えない、いわば前世紀の遺産である。
ここで言う「現代的なスタジアムの要件」とは、プロサッカーを開催できる基本的な施設機能が整っている上で、とりわけ観客に高いレベルの観戦環境、観戦体験を提供できる以下のようなファシリティを備えていることを指す。
・サッカー専用スタジアム(陸上トラックまたはその痕跡を持たずピッチとスタンドが近接)
・全スタンド屋根付き(降雨時にも観客は濡れない)
・全セクションに飲食、グッズ等の売店、十分な数のトイレなど観客向けファシリティが充実
・VIPセクション、スカイボックスなどホスピタリティ関連施設/サービスが充実
・試合開催日以外にも収益を生み出せる付帯機能・設備(ミュージアム、カフェ・レストラン、ショップなど)
上記の中で最も基本的な要件である「全スタンド屋根付きのサッカー専用スタジアム」に範囲を広げても、該当するのは上記3スタジアムに加えて、サンシーロ(ミランとインテル/ミラノ)、フェラーリス(ジェノア/ジェノバ)、スティルペ(フロジノーネ)の計6スタジアムだけ。さらに「一部屋根付きのサッカー専用スタジアム」まで広げても、ブリアンテオ(モンツァ/モンツァ)、マペイ(サッスオーロ/レッジョ・エミリア)、アレーキ(サレルニターナ/サレルノ)が加わるにとどまる。サルデーニャ・アレーナ(カリアリ/カリアリ)もサッカー専用ではあるが、メインスタンド以外はすべて鉄パイプで組まれた仮設スタジアム(特例措置で認可されている)だ。
それ以外は、ローマのスタディオ・オリンピコ、ナポリのマラドーナをはじめ、ベローナのベンテゴーディ、ボローニャのダッラーラ、フィレンツェのフランキと、1990年のイタリアW杯会場となったスタジアムですら、当時からまったく変わらない陸上トラック(またはその痕跡)つきのまま。トリノのオリンピコ・グランデ・トリノ、エンポリのカステッラーニ、レッチェのビア・デル・マーレも同様だ。
イタリア特有の政治的&文化的な高い壁
1980年代に続いた惨事を受けた「テイラーレポート」に基づき、90年代にとりわけ安全性という観点からスタジアムの整備が進んだイングランド、W杯開催を機に専用スタジアムの新設や大改築で「現代化」が進んだフランスとドイツ、2000年代以降段階的にスタジアムの更新が進んできたスペインと比べると、イタリアだけスタジアムの更新が進まない理由はどこにあるのか。……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。