「長崎スタジアムシティ」という新機軸(後編)。夢見た「その日」に向けて、希望と課題
なぜ、新プロジェクトが続々発表?サッカースタジアムの未来#4
Jリーグ30周年の次のフェーズとして、「スタジアム」は最重要課題の1つ。進捗中の国内の個別プロジェクトを掘り下げると同時に海外事例も紹介し、建設の背景から活用法まで幅広く考察する。
第4回は、総工費900億円超、100年に一度規模の巨大プロジェクトと言われ、長崎という街全体の命運を握るといっていい「長崎スタジアムシティ」について考察。後編では、この巨大プロジェクトに絡んだV・ファーレン長崎の周辺の状況、メリット・デメリットなどについてレポートする。
「その日、長崎で会いましょう」
画面越しに長崎県出身の大物アーティスト、福山雅治がそう語りかける。
長崎スタジアムシティ開業間近を知らせるCMの映像だ。JR長崎駅から徒歩10分という好立地に東京ドーム1.5個分の敷地を有し、サッカー専用スタジアム、アリーナ、体験型アウトモール型の商業施設と、県内最大級の賃貸面積のビジネス棟、そして200室を超えるホテルを併設する長崎スタジアムシティは、V・ファーレン長崎の新たな拠点である。
Jリーグ参入前の2009年から2011年までの3年間、Jリーグ基準のスタジアム要件を満たせずJ参入を断念したこともあるV・ファーレン長崎の歴史を振り返れば、福山雅治の語る「その日」は、かつて夢見た未来に他ならない。同時にそれは本州最西端のローカルクラブが、新しい地方クラブのあり方を生み出すチャレンジの舞台なのだ。
スタジアムシティがクラブにもたらすメリット
間近で展開されるプレーの迫力と試合の臨場感、ダイレクトに伝わる選手の挙動。専用スタジアムはフットボールの魅力を最も伝える舞台だ。
松本山雅FCとベガルタ仙台、専用スタジアムをホームとする2クラブでプレーした経験を持つ飯尾竜太朗は「サポーターとの距離が近いことで、選手のエネルギー量というものは本当に変わります。サッカー専用独特の緊張感もあるので、エネルギーに満ち溢れた空間というものが作られる」とその意義を語る。
今オフ、長崎からオファーを受けたある選手は、年俸などの条件面を交渉するよりも先に、「完成予定のスタジアムを自分の目で見ておきたい」と、年末に急きょ長崎入りした。やはり、選手にとって専用スタジアムは大きな魅力なのだ。地理的、情報的、人的交流的にサッカー界の中央から遠く離れた長崎のような地方クラブにとっては、スタジアムシティの存在は選手補強で強みとなってくるだろう。
運営効率化や周辺施設との連動性が高まるという点も大きなメリットだ。
建設費用を全てオーナー企業であるジャパネットグループが負担し、管理・運営もグループ会社が行うことで、「試合やイベントのスケジュール確保や調整が容易になること」、「公園法の枠に縛られずにイベント・スタジアムグルメ・施設などを自由に設定できること」が可能となる。日本初となるスタジアム上空を滑るジップライン、スタジアムとアリーナをつなぐコンコース、スタジアムビューホテルなど、来場者目線のデザインや機能とともに集客面での大きな魅力となるだろう。家族で長崎スタジアムシティを訪れ、それぞれがサッカー、バスケット、商業施設、アウトモールを楽しみ、ときにそれが連動するイベントを体験するといった光景も珍しくなくなるはずだ。
データの集積、活用において大きな可能性を持つ点も見逃せない。
顔認証やスマホアプリによる入退場、利用者リアルタイムアンケートを通じて得たデータにより、効率的な施設運営や消費行動の分析が可能となる点は、経営と運営両面の大きな力だ。
V・ファーレン長崎は2020年からホームゲームを全キャッシュレス化しているが、ここで使用されている決済システムは、ジャパネットグループが独自開発したものである。現在、このシステムが多くのJクラブで導入されていることを考えれば、スタジアムシティでのデータ活用法や新たに投入されるシステムなどがJリーグ全体の運営を大きく変える可能性もある。
街中に最新鋭のスタジアムとスポーツが存在する日常が誕生することで、県民のスポーツへの意識が関心を劇的に変えるという点も含めて、スタジアムシティがV・ファーレン長崎やサッカーに与える影響は計り知れない。
スタジアムシティ誕生に残るいくつかの懸念
一方、スタジアムシティ誕生にあたってはいくつかの懸念が残る点もある。……
Profile
藤原 裕久
カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。