水戸でブレイクした武田英寿。転機となったのは「ボランチへのコンバート」
レンタル選手の現在地2023 #1
武田英寿(浦和レッズ→水戸ホーリーホック)
バル・フットボリスタでも取り上げた「ポストユース問題」。J1でプロ契約した高卒選手がその後どのように試合経験を重ねていくかは、日本サッカーの発展を考える上で大きな課題だ。J2やJ3への期限付き移籍はそれを解決する1つの手段だが、修行先でも厳しい戦いが待っている。試練を乗り越えて活躍する若手選手たちの「現在地」を徹底レポート。第1回は、浦和レッズから水戸ホーリーホックにレンタルされている武田英寿を取り上げる。
「世代屈指のレフティ」
青森山田高校時代から年代別日本代表に選出され、高校2年時に浦和レッズへの加入が内定。将来を嘱望されていた武田英寿だが、プロに加入してからの3年間は周囲からの期待を上回る結果を残したとは言い難かった。
プロ1年目の2020シーズンは3試合にとどまったものの、2年目の2021シーズンは前半戦だけで8試合に出場。第7節鹿島アントラーズ戦から3試合連続先発出場を飾り、チームも3連勝を達成し、飛躍のシーズンになるかと思われたが、第9節徳島ヴォルティス戦で開始11分に負傷交代。離脱を余儀なくされた。
「浦和でもやれる感覚はあったんです。3試合連続先発出場して、自分の中で『ブレイクする時が来た』という思いがありました。リカルド・ロドリゲス監督のスタイルは自分のプレースタイルと合っていたので、勝てるし、試合に出られるし、楽しいし、勉強にもなるので、すごく充実した日々を過ごすことができていたんです。でも、3試合連続先発出場の3試合目でケガをしてしまって、1カ月間離脱することとなったのですが、その間にチームのスタイルが少し変わってしまったんです。それもあって、復帰してから、試合に出られなくなってしまいました。紅白戦ではBチームにも入れてもらえませんでした。自信をつかみかけていただけに、自分としては復帰後、『とにかく試合に出たい』という思いが強かっただけにすごく苦しかったですね」
琉球、大宮で直面した厳しい現実
そんな時、J2(当時)のFC琉球からオファーが届き、期限付きで移籍する決断を下した。J1で自信をつかんでいただけにJ2に行けば、活躍することができるはず。そう信じていた。しかし、現実は厳しかった。
「J2はJ1とは違うサッカーが繰り広げられている印象を受けました。球際が激しいですし、組織というより個人を重視したサッカーをしているチームが多い。本当に難しいリーグだと感じました」
琉球では出場機会を得ることができたものの、15試合出場して2ゴールと強烈なインパクトを残すまでには至らなかった。
そして翌シーズンには同じJ2の大宮アルディージャに期限付き移籍を果たす。しかし、下位に低迷して残留争いを繰り広げるチームの中、高校時代のような輝きを放つことはできなかった。
「大宮ではずっと残留争いが続いて苦しかったです。大宮は実績のある選手が多くて、考えをしっかり持っている選手が多かった。それでも勝てなくて、一つになりきれないところがありました。このシーズンが一番苦しかった」……