バリアビリティ+欧州的なポゼッション。『モダンサッカー3.0』視点で斬る日本代表(前編)
日本代表欧州遠征2023徹底分析#8
カタールW杯でベスト16入りした森保一監督率いる日本代表は、続投が決まった指揮官の下で新チームが始動。「ポゼッションの質を上げる」ことを新たなテーマに掲げ、特に[4-3-3(4-1-4-1)]で臨んだ6月のエルサルバドル(〇6-0)、ペルー(〇4-1)との2連戦では新しいチャレンジへの可能性を感じることができた。9月のドイツ、トルコとの2連戦は、第二次森保体制の最初の分岐点になるだろう。約4カ月後のアジアカップ、そしてその先のW杯予選に向けて、様々な角度から欧州遠征を分析してみたい。
『モダンサッカー3.0』の中で日本代表のバリアビリティ(多面性)を高く評価していたアレッサンドロ・フォルミサーノの目にこの2試合はどう映ったのか? 前編ではカタールW杯からさらに進化したバリアビリティについて掘り下げてもらった。
日本代表の最大の特徴はバリアビリティ
――カタールW杯をベスト16で終えた後、メンバーを入れ替えて新しいサイクルをスタートした日本にとって、今回の欧州遠征は最初のベンチマークテストとも言うべき重要性を持っていました。7月に出版した書籍『モダンサッカー3.0』の中で、カタールW杯での日本について掘り下げてくれたアレッサンドロの目に、このドイツ戦、トルコ戦でのパフォーマンスはどう映ったのか、まずは総合的な印象から聞かせてもらえればと思います。
「最初に考察すべきポイントは、W杯でも見られた日本のバリアビリティ(多面性)、流動性だと思います。日本の大きな特徴は、試合状況に対する適応能力の高さです。日本は試合を通して単一の戦い方を貫くタイプのチームではなく、1つの試合の中で振る舞い方を変えることができるチームです。あらかじめ決められた通りに変えるのではなく、試合の流れに適応する形で柔軟に変化する。今回の2試合の中でも、守備と攻撃でそれぞれ複数のシステムを使い分けていました。
1つ注記しておきたいのは、2つの試合でメンバーの顔ぶれやシステムは変わっても、チームが基本とするプレー原則はボール保持時、非保持時とも常に一貫しており、その意味で明確なアイデンティティを持っているということです。陣容的に見ると、W杯から一定の世代交代があって若い選手が加わっていますが、彼らも含めてほとんどはヨーロッパでプレーしており、年齢的にも成長期から成熟期にさしかかっている。W杯でも主力を担った遠藤、守田、伊東純也はキャリアのピークを迎えていますが、それ以外の選手は20代半ばでさらなる伸びしろを残しています。W杯から続投した監督の下でチームが継続性を保って成長していること、メンバーが大きく入れ替わったこの2試合が示したように戦力的な厚みも増していることを加味すると、今の日本は1つの黄金期を迎えていると言うこともできるでしょう」
――2試合でのプレー原則は一貫しているということでしたが、プレーのクオリティはドイツ戦の方が明らかに高かったように見えました。
「確かに森保監督が想定している現在のベストメンバーはドイツ戦の顔ぶれだと思います。この試合で日本が見せたチームとしての完成度、バリアビリティと流動性の高さは特筆すべきものでした。まず試合の立ち上がりは、ベーシックな[4-4-2]の配置からゾーンの原則によるミドルプレス/ハイプレスを行った。相手がボールを最終ラインに戻した時には伊東純也、三笘が飛び出して敵CBにプレッシャーをかけに行くというアグレッシブな振る舞いまでが組み込まれていました。
試合が進むにつれて、[4-4-2]を保ったままラインを下げてローブロック守備に転じる時間帯を作ったり、後半に入ってからは三笘が最終ラインに、鎌田がトップ下から中盤左サイドに下がる形で[5-4-1]に配置を変え、相手の攻撃を受け止めるローブロック守備主体に切り替えつつ、必要に応じて5バックのラインを押し上げてのミドルプレスも行っていた。メンバーを大きく入れ替えて戦ったトルコ戦では、守備のシステムは試合を通して変わりませんでしたが、チームとしての振る舞いには同じような柔軟性がありました」
――ボール非保持時のバリアビリティはカタールW杯での日本代表の最大の長所と『モダンサッカー3.0』の中でも絶賛していましたよね。
「はい。W杯でもそうでしたが、日本は相手と状況に応じていくつもの異なるプレッシングのメカニズムを使い分けることができる。これは対戦相手に大きな困難を作り出します。なにしろ、試合を準備しようにも、相手がどのように振る舞うのか、どう出てくるのか、予測することができないのですから。
前線からアグレッシブにハイプレスを仕掛けてくるかもしれない。その時に外を切ってくるかもしれないし、内を閉じて外に誘導してくるかもしれない。コンパクトな[4-4-2]のミドルプレスで、中にボールを入れることを許してくれないかもしれない。5バックのローブロックで2ライン間、幅、奥行きのすべてを潰してこちらの攻撃をはね返しに来るかもしれない。そしてそのいずれを選ぶにしても、ボールを奪ってからのポジティブトランジションはきわめて迅速で、ロングカウンターもショートカウンターも強力。トルコ戦で4点目のPKに繋がった伊東純也のカウンターアタックは圧倒的でした。……
日本代表欧州遠征2023徹底分析
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。