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元チーム・ケルンの日本人アナリスト3人と振り返る“ドーハの奇跡”。「予想外」で突かれた個人分析とチーム分析の穴

2023.09.09

日本代表欧州遠征2023徹底分析#2

カタールW杯でベスト16入りした森保一監督率いる日本代表は、続投が決まった指揮官の下で新チームが始動。「ポゼッションの質を上げる」ことを新たなテーマに掲げ、特に[4-3-3(4-1-4-1)]で臨んだ6月のエルサルバドル(〇6-0)、ペルー(〇4-1)との2連戦では新しいチャレンジへの可能性を感じることができた。9月のドイツ、トルコとの2連戦は、第二次森保体制の最初の分岐点になるだろう。約4カ月後のアジアカップ、そしてその先のW杯予選に向けて、様々な角度から欧州遠征を分析してみたい。

#2ではカタールW杯初戦(○1-2)でのリベンジを狙うドイツとの再戦を前に、DFB(ドイツサッカー連盟)が主催するアナリスト養成講座「チーム・ケルン」に在籍していた日本人アナリスト3人と“ドーハの奇跡”を振り返る。

選手の癖を見抜く個人分析

「遠藤選手のデュエル勝利数のような数字は見ていない」


――読者に向けて自己紹介をお願いします。

吉田「吉田健太と言います。過去にドイツのケルン体育大学に在籍し、ビクトリア・ケルンU-19のアナリストを経て、ドイツ3部に所属するそのトップチームでビデオアナリストを務めていました」

平川「平川聖剛です。東京学芸大学サッカー部に4年間在籍してケルン体育大学に入学後、アマチュアレベルでジュニア、ジュニアユース、ユース、社会人での分析と指導を経て、現在ブンデスリーガのFCケルンでアナリストとして活動しています」

大野「大野嵩仁です。ジュニアからユースまで柏レイソルに所属していて、ケルン体育大学に通いながら現在も4部のFCベークベルク・ベークというチームで選手をしています。僕も健太も聖剛も2021年からチーム・ケルンに在籍していて、カタールW杯まで一緒に活動していました」


――みなさんが在籍されていたチーム・ケルンについて教えてください。

吉田「チーム・ケルンは2006年のドイツW杯から2年に一度、ドイツ代表が戦うEUROあるいはW杯に向けて立ち上げられていたアナリスト養成プロジェクトです。主要国際大会での分析業務は本当に難しくて、例えば決勝トーナメントでは対戦相手が決まっていなかったりする。対峙する可能性のある選手やチームをすべて分析していくには、代表チームの分析スタッフだけではとても人手が足りないので、外部の力を借りるためにDFB(ドイツサッカー連盟)がチーム・ケルンを主催しています。その参加者からしても、活動を通じて無料で大学の教授や協会のスタッフによる講義を受けながら、マッチレポートの書き方やWyscout、動画編集ソフトのような分析ツールの使い方を教わって、プロのアナリストとして働く上で必要になる個人分析からチーム分析までのノウハウを身につけられるので、お互いにメリットがあるWin-winな取り組みだと言えます。そのチーム・ケルンはケルン体育大学でスポーツを学んでいる学生か、すでにアナリストとして働いている人材を中心に声をかけていて、僕らは前者として参加させていただきました。この代では約60人が集まって、主に東京五輪とカタールW杯でドイツ代表の分析業務のサポートを行ったことになります」

元チーム・ケルンの日本人アナリスト3人。左から大野アナリスト、平川アナリスト、吉田アナリスト


――東京五輪での分析業務については過去のインタビューで吉田さんにお話をうかがっています。当時は個人分析だけを担当されていましたが、カタールW杯ではチーム分析も担当されていたのでしょうか?

吉田「そうですね。メンバーが各10人程度の5、6グループに分かれるまでは東京五輪と同じだったんですが、カタールW杯では各グループに出場32カ国から5、6カ国が割り振られて、その中で個人分析担当とチーム分析担当に分けられました。ちなみに僕のグループが担当したのはベルギー、ポルトガル、セルビア、デンマーク チュニジアの5カ国で、僕が任された個人分析では、専門的な知見が必要となるGKを除いた30人程度のフィールドプレーヤーを各国の候補選手として挙げていき、メンバー1人で各国から4、5人ずつ分担して分析いくという流れです」

大野「僕も健太と同じく個人分析の担当です。グループにはたまたま日本、オランダ、ガーナ、ブラジル、ウェールズが割り振られていたんですけど、まさか日本とグループステージ初戦で激突することになるとは思っていませんでした。だから普通は各国から均等に4、5人を割り当てられるんですけど、日本人ということで日本代表候補9人をお願いされましたね」


――具体的に個人分析はどのように進めていましたか?

大野「例えば当時シュツットガルトでプレーしていた遠藤航選手は“デュエル王”として有名ですよね。ブンデスリーガでのデュエル勝利数が2季連続で一番多かったんですけど、チーム・ケルンではそういう数字やデータは見ていないです。デュエル勝率が何%か、各エリアの勝利数が何回かとかも使っていなくて、理由としてはそれだけでは左右どちらの足でタックルを仕掛けてくるのか、完全な1対1でボールを奪うのを得意としているのか、それとも味方がかわされた後のカバーを得意としているのかという癖がわからないからですね」

吉田「代わりにチーム・ケルンでは『1対1のディフェンス』という項目があって、そこでどちらの足でボールを奪いに来ることが多いかなどを分析していました」

大野「あとは遠藤選手のようなボランチの守備なら、DFラインに近いところで相手選手がボールを受けた時に、自分のポジションを捨ててボールホルダーにアタックするタイプなのか、それとも下がってDFラインのスペースを埋めるタイプなのかというタイミングも見極めていましたね」

吉田「そういう各選手の傾向を動画と文章でグループのキャプテンに提出するのが課題だったので、直近の代表戦はもちろん、わかりやすいシーンがあれば2021-22シーズンの所属クラブでのプレーまで遡って分析していました。あとFWではシュートのタイプやタイミングも分析していたんですけど、さらにキャプテンを通じて『マヌエル・ノイアー選手から依頼がきたから、もっとこういう細かい項目も分析してほしい』と言われて、全グループの個人分析担当者がやり直したこともありましたね」

カタールW杯開催期間中に行われた代表トレーニングでのノイアー。声をかけているのはハンジ・フリック監督(Photo: Getty Images)


――そのキャプテンというのはどのような役割なのでしょうか?

大野「キャプテンは各グループで1人ずつ指名されるチーム・ケルン本部との橋渡し役で、例えば分析も一度キャプテンにチェックしてもらわなければいけません。そのフィードバックをもとに内容や表現を調整しながら、キャプテンがチーム・ケルン本部に提出する流れです。そこからチーム・ケルン本部がさらに精査して、最終的にドイツ代表の分析スタッフへ届けられていたみたいで、そうやって分析のクオリティをコントロールする仕組みの一環のようでした」

平川「もちろんチーム・ケルンでは最初に共通の分析用語や分析形式を覚えたり、分析内でも選手やチームの固有名詞を使うのは原則禁止だったりするんです。例えば個人分析でCBの選手がDFラインと中盤の間でボールを受けようとする選手にどれくらいプレッシングかけるかを調べたりするんですけど、そこで『○○選手のように~』と書いても読み手によっては激しく寄せるタイプをイメージするかもしれないし、逆にそこまで食いつかないタイプをイメージするかもしれない。そうすると定義が噛み合わなくなってしまうからですね」

大野「そういう対策をしていても、やっぱり60人近くのメンバーがいるのでどうしても分析の見方や質がバラバラになってしまう可能性はある。そういう誤差を埋めるためにキャプテンやその上の人がいたと考えています」

吉田「しかもどのメンバーもチーム・ケルンでお金をもらっているわけじゃなくて、あくまで学業や仕事がある中で片手間にやっているので、なかなか時間が合わなかったりする。だから情報共有やコミュニケーションがうまく取れなかったりする部分もあって、そこを補うためにもキャプテンを指名していたのかもしれません」

平川「実際に僕たちのグループのキャプテンはよくメンバーに電話をかけて進捗の共有をしてくれていたりしていました。あとメンバーでWhatsAppのグループを作って情報交換をしていたりしたので、円滑に進められたのはもちろん、周りの仕事のクオリティに負けたくないとモチベーションも上がりましたね」

「予想外」が続いた日本戦

「代表の分析スタッフも『ああいう3バックの使い方をしてくるとは』と…」


――平川さんは個人分析担当ではなかったんですか?

平川「僕もタカ(嵩仁)と同じグループだったんですけど、チーム分析担当でした。決勝トーナメントで顔を合わせる可能性のあったブラジル、オランダ、ガーナ、ウェールズは対戦が決まってからの直近の何試合かを見なければいけなくて、試合結果が出ないとどの試合を分析するか決定できなかったので、実際に担当したのはグループステージで対戦することが確定していた日本だけです。あとは手が回っていない個人分析を補うヘルプもやっていました」


――チーム分析はどのように進めましたか?

平川「チーム分析の場合はもともと教えてもらっていたフレームワークがありましたが、カタールW杯直前でドイツ代表の分析スタッフのリーダーからさらに細かなディテールを指定されて、おそらくハンジ・フリック監督の意向やカタールW杯の活動期間が加味されたものにアップデートされました。基本的には専門知識が必要になるスローイン、コーナーキック、フリーキック、PKなどのセットプレーを除いたオープンプレーの局面ごとの分析で、例えばボール非保持からボールを奪いに行くためのプレッシングやゴールを守る組織的守備と細分化していき、そのカテゴリーごとにW杯出場が決まったアジア最終予選のオーストラリア戦から直近までの最低8試合を見て、本大会での戦い方を予測していくような流れです。その中で一番大事だと思うシーンをフレームワークのカテゴリーごとに抽出して、分析内容をパワーポイントにまとめて提出した後、15分くらいDFB(ドイツサッカー連盟)アカデミーのキャンパスで代表の分析スタッフの前でプレゼンする機会もありました。そこで『プレゼンの前に一つ聞きたいことがある』と言われて。『君は日本人だけど今どんな気持ちで日本代表の分析をプレゼンするんだ?』って一応、スパイじゃないかどうか確認されたんです(苦笑)。だから『いや、あくまで自分のキャリアのためにやっている仕事で、対戦相手が母国でもきちんと仕事をしますよ』と答えたのを覚えています」

――実際に日本をどのように分析されていたのか教えてください。……

Profile

白戸 豪大

1994年沼津生まれ、浦和育ち。フランスのグランゼコールを卒業後、ドイツの博士課程でサッカーデータを対象にビジュアル分析の研究をしている。ポッドキャスト番組「フットボールしぶっ!」を運営中。