“現実主義者”デ・ラウレンティス会長が、ナポリを財政破綻からイタリア王者に導くまで
【ナポリ特集】待ちわびたスクデット奪還の意味#3
2022-23シーズンのセリエAを制したSSCナポリ。第6節以降一貫して首位をキープすると、2月の時点で2位に18ポイントの差をつけ、その後もリードを維持したまま独走。時間の問題だと思われていた優勝決定の瞬間を迎え、世界中のサポーターたちの歓喜が爆発した。ディエゴ・マラドーナ在籍時代以来となる、実に33年ぶり、3度目のリーグタイトル。このイタリア南部のクラブにとって待ちわびたスクデット奪還は、どのような意味を持つのだろうか。
#3では、2004年の財政破綻、セリエC降格から19年、奇天烈な会長“ADL”とともに歩んできた栄光への軌跡を振り返る。
古き良き名物オーナー
アウレリオ・デ・ラウレンティス(Aurelio De Laurentiis)、73歳。ローマ生まれの映画プロデューサーにして、我らがSSCナポリの会長である。フットボールビジネスにおける収益性の向上を求め、欧州のビッグクラブが企業やグループの所有物となっていく中で、今も変わらずローカルなクラブ経営を貫いている。経営面におけるナポリの特殊性は専門家による解説に譲るとして、本稿では、いかにしてデ・ラウレンティス会長(以下、現地やメディアで通称されるように頭文字を取ってADLと記す)がナポリを優勝へと導いたのかを考えてみたい。
タイトルに“現実主義者”とあるように、ADLはリアリストである。端的に言えば「サポーターのパッション、ロマンと対立しても冷酷な決断を下すことを厭わない」タイプの会長である。かつてのミラン会長シルビオ・ベルルスコーニ、インテル会長マッシモ・モラッティのように、自身がサポーターの1人であり、クラブの強化はすべてに優先するというタイプの名物会長たちが往年のセリエAを盛り上げたものだが、ADLはそうではない。
冷酷なエピソードは枚挙にいとまがないが、記憶に新しいのは「クリバリをもっと早く売ってしまえばよかった」と後悔しているという発言である。街を愛し、街に愛された心優しきセネガル人の青年は在籍中ずっとクラブへの忠誠を尽くしてくれたというのに、会長に言わせれば「売り時を逃した」である。
一方で、主張を絶対に譲らないがゆえに暴言や奇行に走ることも多いのが、この会長のクセの強いところだ。中でも筆者の好きなエピソードは、2011-12シーズン開幕前の日程抽選会での一幕。CLへの出場を決めたナポリに対して日程がほとんど考慮されていないと激怒し、抽選会場を脱走。表通りで暴言を吐いたかと思えば、通りすがりのスクーターに乗った少年を呼び止め、後ろに乗せてもらって脱走するまでの一部始終がカメラに収められるという出来事だ。以下のリンクに映像があるのでぜひ見ていただきたいが、映画プロデューサーというよりもコメディアンである。罵詈雑言、ノーヘルメット、二人乗りバイク、読者のみなさまは絶対に真似をしてはいけない(https://video.repubblica.it/edizione/napoli/de-laurentiis-show-siete-delle-m-poi-se-ne-va-in-motorino-senza-casco/73465/71756)。
2004年夏、財政破綻したナポリを買収して以降、ADLは一事が万事このような具合である。昨年末のW杯についても「カタールには空調の完備された立派なスタジアムがあるのになぜ冬に開催するんだ」と毒づいていた。
イタリアのみならず欧州で悪目立ちすることも多いADLだが、その言動は「すべてクラブのため」とのことである。だがそれは愛情というにはあまりにドライな「クラブを健全に経営する」という意味なのだ。「愛情が強過ぎる」と時に揶揄(やゆ)されるナポリの人々にとっては、ある意味でバランスの取れた会長であると言えるかもしれない。
健全経営のキーワード:肖像権とサラリーキャップ
奇天烈な言動とは裏腹にその経営手腕は、スクデットを獲得した今となっては、見事と言う他ない。しかし「奇跡」とも呼ばれるクラブには何かしらのカラクリがあるものだ。それは必ずしも公にはなっていないものの、メディアの報道から一部うかがい知れる部分もある。
ナポリの経営におけるユニークな特徴の一つに、クラブによる所属選手の肖像権の管理が挙げられる。通常、選手がCM起用などで個人スポンサー契約を結ぶことで副収入が得られるように、選手側が自身の肖像権を管理している。しかし、ナポリでは加入するすべての選手に対して、肖像権を100%クラブ側に譲渡することを要求してきた。つまり、選手自身がインタビューを受けたりCMに出演して収入を得ようとするためには、クラブを通す必要があるというわけだ。
ナポリの他にはレアル・マドリーが同様に肖像権をクラブが管理していると言われている。レアル・マドリーに所属する一部のトップスターには例外があるように、ナポリでもラファエル・ベニテス元監督、ペペ・レイナ、ゴンサロ・イグアインなどのビッグネームの獲得時には例外規定が設けられたと伝えられているが、その他の選手は最近まで100%クラブ側が管理する原則を貫いてきたとされている(最近まで、というのは、2009-10シーズン以降、バランスシート上で肖像権の管理による収入が減少していることから、契約時の肖像権の制限が緩和されたという可能性が指摘されている)。
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Profile
大田 達郎
1986年生まれ、福岡県出身。博士(理学)。生命情報科学分野の研究者。前十字靭帯両膝断裂クラブ会員。仕事中はユベントスファンとも仲良くしている。好きなピッツァはピッツァフリッタ。Twitter:@iNut