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33年ぶりのスクデット。いざ、狂乱のナポリへ【現地レポート】

2023.05.17

【ナポリ特集】待ちわびたスクデット奪還の意味#1

2022-23シーズンのセリエAを制したSSCナポリ。第6節以降一貫して首位をキープすると、2月の時点で2位に18ポイントの差をつけ、その後もリードを維持したまま独走。時間の問題だと思われていた優勝決定の瞬間を迎え、世界中のサポーターたちの歓喜が爆発した。ディエゴ・マラドーナ在籍時代以来となる、実に33年ぶり、3度目のリーグタイトル。このイタリア南部のクラブにとって待ちわびたスクデット奪還は、どのような意味を持つのだろうか。

#1ではイタリアで、時には世界で最も熱狂的とさえ言われるナポリファンの一人として、現地で祝祭に参加した大田達郎さんが、「奇跡の街」の人々の盛り上がりをレポートする。

舞台は整った、しかし…

 2023年4月30日。現地12時開始のインテル対ラツィオで2位ラツィオが引き分け以下、かつ15時開始のナポリ対サレルニターナでナポリが勝てば、優勝が決まる。待望の瞬間を目前にして、ナポリサポーターの盛り上がりは最高潮に達していた。もともとは前日、29日に行われる予定だったサレルニターナ戦が「保安上の理由」によって延期されたことで、ホームの大観衆の前で優勝を決められるチャンスがめぐってきた。ナポリ会長アウレリオ・デ・ラウレンティスは優勝を祝う「スペシャルゲスト」の来場をほのめかす。そしてインテルがラツィオに3-1で勝利したことで「勝てば優勝」が確定。舞台は整った。サレルニターナ戦、キックオフ。

 あらゆるSNSで共有される現地の盛り上がり。普段とは違う、スタジアムの異様な雰囲気。しかしどこかで、今日の試合では決まらないのでは、という予感もあった。完璧過ぎる。舞台が整い過ぎている。肝心な試合で役者が仕事をし、タイトルをモノにしてきた北の3強と違って、ナポリが30年以上もタイトルを獲れていないのには理由がある。大事なところで決められない。勝者のメンタリティの欠如。ジンクス、あるいは迷信。案の定と言うべきか、エースFWビクター・オシメーンを中心に攻め立てるも、サレルニターナGKギジェルモ・オチョアの好セーブで得点が決まらない。

 それでもチームは意地を見せた。62分、セットプレーからマティアス・オリベラがゴール。プレッシャーのためか、前半からプレーにぎこちなさを感じたチームは解放されたかのように喜んだ。来たるその瞬間を待ち望むホームの観衆も、大いに沸いた。

 ところが、試合はそのまま終わらなかった。悪い予感というのは当たるものだ。84分、ブライユ・ディアが単独で切り込んで技ありのシュートで得点。相手を褒めるしかない、見事なプレー。必死に勝ち越しを狙って攻め手を強めたが、無情にも吹かれる試合終了のホイッスル。1-1の引き分けで、優勝決定は次節以降に持ち越しとなった。本拠地で優勝を決める絶好のチャンスを逃したことで、オシメーンをはじめ選手らは大いに悔やむ様子を見せた。満員のスタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナは、やり場のない、なんとも言えない感情で満たされていた。

第32節サレルニターナ戦のハイライト動画。オリベラの先制ゴールは1:25〜、ディアの同点ゴールは2:07〜

 だが、今シーズンは序盤からの独走によって得られた勝ち点差で、優勝を逃す方がむしろ難しいという稀有な状況。「それ」が訪れるのは単に時間の問題であった。あるナポリサポーターは試合後に「30年以上も待ったのだから、あと数日待つのなんかわけはない」とツイートした。まったく同感である。翌週末のフィオレンティーナ戦が単なる消化試合にならないことがわかって、チケットを購入していた私は、正直言ってホッとした。

ついに訪れた「その日」

 2023年5月4日。永遠に刻まれるであろう日付。ナポリの街の壁に、ナポリの人々の新しいタトゥーに、その他あらゆる場所に。敵地ウディネーゼ戦での引き分けで、ナポリは33年ぶり3度目のセリエA優勝を決めた。前半早々にサンディ・ロフリッチに先制されるも、52分にセットプレーのこぼれ球をオシメーンが押し込んで同点。勝ち点1を加えたことで、5試合を残して首位が確定。選手、スタッフのみならず、アウェイに駆けつけたサポーターまでもがピッチに乱入し、歓喜した。

第33節ウディネーゼ戦のハイライト動画

 同時刻、試合が行われた北部ウディネから約600km離れた本拠地ナポリでも、人々が優勝を祝うために通りへと繰り出した。あらゆる場所で花火が打ち上げられ、通りは人であふれていた。長く待ち望んだ瞬間。夢が現実となった瞬間。南部の大都市についにもたらされた、届きそうで届かなかった、念願のスクデット。

優勝が決まり、街中で花火が打ち上げられた(Video: Francesco B.)

 ウディネーゼ戦の終了時刻が、日本時間で5月5日の早朝5時30分。試合を見届け、SNSで現地での、そして世界中でのナポリファンの盛り上がりを堪能し、万感の思いを噛み締めてから、私はそのまま羽田空港へと向かった。午前中の便に乗るや否や、機内でぐっすりと寝てしまい、起きると乗り換えのフランクフルト空港に到着。フランクフルト空港からおよそ2時間、ナポリ・カポディキーノ空港へ。

 到着したのは金曜の23時。優勝が決定してから、ちょうど24時間後のことだった。市内に向かう道中に見えるナポリの街並みは、すっかりスクデットのお祝いムードに覆われていた。オレンジ色の街灯に照らされたあらゆる通りを埋める、テープ、グラフィティ、そして旗。もっともこれらは、はやる気持ちを抑えられない街の人々の手によって、数カ月前からこうだったのだが。

街灯に照らされるスクデットを模した旗(Photo: Tazro Ohta)

 金曜夜に街が賑わうのはいつものことだが、それにしてもこれまでに見たことのない人の多さだ。現地の若者たちにとって「飲み会」の定番スポットでもあるベッリーニ広場は、ナポリのシャツやスカーフを巻いた若者で埋め尽くされ、あらゆる大きさの旗が振られ、あちらこちらからチャントが聞こえてくる。スタジアムのゴール裏の熱狂をそのまま街に持ってきたかのようだ。「正直言って具合が悪い」と友人の1人は言った。

 「昨日は夜通し騒いでいたから。ベッドに入ったのは朝の5時だよ」

祭りの日

 翌日、午前中からナポリ中心部を歩き回った。この時期にしては珍しく最近は雨天が続いていたそうだが、この週末は素晴らしく天気がいい。

 「ディエゴがスクデットを祝福してくれているのかもね」

 ナポリでサッカーに関わることには、ごく自然とマラドーナの名前が出る。街の守護聖人であるサン・ジェンナーロと、扱いはほぼ同等かもしれない。サン・ジェンナーロでさえもナポリのシャツを着せられたり旗を持たされたりと好き放題にされているのに対して、マラドーナをモチーフに、例えばタチの悪いジョークを言う場面を、この街では見ることがない。3度目のスクデットを祝うグラフィティにも、マラドーナをあしらったものは多い。この喜びを天から見守ってくれているはずだと疑うことがない。教会から公式に認められていないだけの聖人。

3度目の優勝を記念して新たに描かれたグラフィティ(Photo: Tazro Ohta)

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Profile

大田 達郎

1986年生まれ、福岡県出身。博士(理学)。生命情報科学分野の研究者。前十字靭帯両膝断裂クラブ会員。仕事中はユベントスファンとも仲良くしている。好きなピッツァはピッツァフリッタ。Twitter:@iNut