影のMVP“やっさん”。新潟のパワーアップに欠かせなかったフィジコ
特集:新アルビスタイルの真髄に迫る#3
2022シーズン、J2優勝&J1昇格という最高の形で実を結んだ“新アルビスタイル”。スタイルと言うと戦術的なアプローチを思い浮かべがちだが、その戦術を表現するためのフィジカル作りやコンディションの維持もまた重要になる。フィジカルコーチとしてアルビレックスの快進撃を支えた、“やっさん”こと安野努氏の仕事にスポットライトを当てる。
影のMVP
2022シーズンのJ2最終節。すでに優勝を決めていたアルビレックス新潟は、ホームに迎えた町田ゼルビアを2-1で下し、笑顔で優勝セレモニーを迎えた。主将の堀米悠斗がシャーレを掲げると、デンカビッグスワンスタジアムが歓喜に包まれた。そこに、メンバー外の選手やスタッフも、次々と駆けつける。松橋力蔵監督、千葉和彦、阿部航斗、高木善朗、早川史哉――シャーレは新潟のムードメイカーや長くチームに所属した選手たちに、次々と掲げられた。
その大トリを務めたのは、“やっさん”こと、安野努フィジカルコーチ。選手からは「影のMVP」と呼ばれる男である。
「いやもう、選手たちのためのセレモニーだと思うんで、僕が上げるべきじゃないと思ったんですけど。みんなが『行け』っていう感じだったので、『本当すいません』って言いながら、やらせてもらって」(安野氏)
よぉーーーとためて、元気いっぱいにシャーレ持ち上げると、
お約束のように、選手は無反応。そして、大爆笑が起こった。
「安野もわかっていて、やっていますからね。本当、選手に愛された存在だなと」(松橋監督)
“やっさん”は、そんな存在だ。
今季の新潟は、攻守に鋭さを増した。ハイテンポなパスワークで相手を崩し、狭いエリアを突破してゴールへ。ボールを奪われれば、すかさず距離を詰めて囲い込み、即時奪回。そこからのショートカウンターも効いた。
昨季まで2シーズンのリーグ後半戦の失速は改善され、むしろ9月に今季初の4連勝を記録。そこからはホーム5連勝で締め括った。
強く、鋭く、抜け目なく。戦う集団へと選手たちを鍛え上げた功労者が、安野氏だ。
松橋監督とは、横浜F・マリノスで18年から2シーズン、コーチとコンディショニングコーチという立場で働いた縁を持つ。アンジェ・ポステコグルー監督体制下で、2人はメンバー外選手のトレーニングを担当した。ともに日課であるジムトレーニングをしながら、「明日はどんな練習をしますか」と話し合うことも多く、安野氏は当時から松橋監督のサッカー観に直に触れることも多かったという。松橋監督も監督就任にあたり「選手のことをしっかり考えているパーソナリティと技量、熱さを持っている、本当に素晴らしいコーチ」と信頼する安野氏をフィジカルコーチとして迎えた。
アルベル前監督が2年をかけて新潟に浸透させたのは、主導権を握るためにボールを保持し、ポジショニングで優位性を持ちながらプレーするサッカー。そこに松橋監督がプラスしたいと考えたのは、相手の隙を逃さず、よりダイナミックにゴール方向へ向かうこと。「前後の動きはサッカーの中で大事な要素」と位置付け、安野氏には「1試合の中で高強度の運動を続けられるフィジカルのベースアップと、瞬発的なスピードのアップ」を期待した。
「僕自身の仕事として、サッカーの競技力を上げることが大前提。ボールワークの質を上げるにはフィットネスのベースを上げなければいけないのですが、去年の数値を見せていただくと強度が低かったので、パワーが出せるように筋力も含めてエンジンを大きくする作業をしなければならない。なおかつ、ケガの予防もしなきゃいけない」(安野氏)。
全体練習では、ボールトレーニングの要素も入れたウォーミングアップを担当する。オフ明けから試合までの4日間で、ボリュームと強度を考慮し、試合にピークをもっていく形でフィジカルコンディションをつくっていく。中でもオフ明けの試合後2日目は質・量ともにもっともタフなトレーニングとなる。選手から不平不満が出ることもあったが、早川史哉によると「選手が『きついよ』って言っても、『えぇー? ちょっときつかったかなぁー?』って、とぼけたりしてくるから、それ以上言えない(苦笑)。いいキャラしてるんですよね」とのこと。持ち前の明るいキャラクターも生かしながら、選手を鍛錬し続けてきた。
まるでパーソナルトレーナー
安野氏は毎朝、棒の先についた白い箱をかついで練習場に出てくる。これは選手の背中につけたデバイスから、GPSデータを拾うアンテナ。ピッチ上に設置したアンテナはiPadと連動し、そこにはセッションごとの時間と走行距離、加速・減速の回数、心拍数など、ピッチ上の選手の数値が表示される。安野氏はその数値を見つめながら、練習中に微調整を図る。……
新アルビスタイルの真髄に迫る
Profile
野本 桂子
新潟生まれ新潟育ち。新潟の魅力を発信する仕事を志し、広告代理店の企画営業、地元情報誌の編集長などを経て、2011年からフリーランス編集者・ライターに。同年からアルビレックス新潟の取材を開始。16年から「エル・ゴラッソ」新潟担当記者を務める。新潟を舞台にしたサッカー小説『サムシングオレンジ』(藤田雅史著/新潟日報社刊/サッカー本大賞2022読者賞受賞)編集担当。24年4月からクラブ公式有料サイト「モバイルアルビレックスZ」にて、週イチコラム「アイノモト」連載中。