タレントを見つけ出し磨き上げる力に定評がある反面、育て切らないうちに引き抜かれるジレンマも抱えていたドルトムント。そんな彼らの大型補強が意味する新たな指針とは。
これまでドルトムントは「発掘力」を売りにするクラブだった。香川真司、ロベルト・レバンドフスキ、ウスマン・デンベレらがビッグクラブへ旅立ち、大きな利益をクラブにもたらしてきた。ミヒャエル・ツォルクがSDになった2005年から現在まで、クラブは選手獲得のために6億7900ユーロ(約815億円)の移籍金を投じ、選手売却で7億5800ユーロ(約910億円)の移籍金を手にした。実に7900万ユーロ(約95億円)の黒字。近い将来ジェイドン・サンチョがその仲間入りを果たすと見られ、今後も「発掘力」が武器になることは間違いない。
しかし、武器が1つでは限界がある。2017-18シーズン、ドルトムントは危機に陥ってしまう。アヤックスからペーター・ボス監督を抜擢したが、開幕ダッシュ後に急失速。前半戦終了を待たず解任せざるを得なかった。
ツォルクは敗因をこう分析した。
「移籍市場の競争が増して仕事量が増え、チームマネージメントにまで手が回らなかった」
だが、この失敗がハンス・ヨアヒム・バツケCEOとツォルクに自己改革の勇気を与えることになる。二頭体制に区切りをつけ、2018年春にマティアス・ザマーをアドバイザーに、OBのセバスティアン・ケールをチームマネージャーに招へいした。ザマーが会議で指摘したのは、「チームに顔になる選手がいない」こと。先発の顔ぶれはマルク・バルトラ、ソクラティス・パパスタロプロス、ゴンサロ・カストロ、マキシミリアン・フィリップ……。掘り出し物を集めた結果、責任を負う選手が不在になってしまったのだ。
ザマーの進言を受け、すぐにアクセル・ウィツェルを獲得。さらに今夏、バイエルンからマッツ・フンメルスを買い戻した。この夏ドルトムントが選手獲得に支払った移籍金は1億2750万ユーロ(約153億円)で、ツォルクがSDに就任して以来最高額だ。ツォルクは言う。
「2017-18は学びの多い年になった。あの時はチームのバランスが崩れ、簡単に失点してしまっていた。だから大きな対策を講じたんだ」
とはいえ、アイデンティティを失ったわけではない。マリオ・ゲッツェらを生んだ育成への投資を拡大している。今季、元ドイツ代表コーチでレバークーゼンやフランクフルトの監督を務めたミヒャエル・スキッベをU-19監督に抜擢。元選手のオットー・アッドが「タレントトレーナー」という新役職に就任した。この2人が育成コーディネーターのラース・リッケンと力を合わせ、タレントのトップ昇格を全力でサポートする。
世界規模の発掘も継続中で、アメリカの至宝ジョバンニ・レイナ(16歳)との契約に成功。マンチェスター・シティ、バルセロナ、アヤックスも狙っていたが、家族をドルトムントへ招待するなど交渉を続け、元アメリカ代表の父親と本人から信頼を勝ち取った。
育成と発掘に力を入れ、同時に大型補強もする。ドルトムントは新たな黄金比を見つけようとしている。
■注目の10代選手
Youssoufa MOUKOKO
ユスファ・ムココ
2004.11.20 (14歳) 172cm / 64kg GERMANY FW
カメルーン出身で10歳の時にドイツへ。一昨季13歳でU-17ブンデスリーガにデビューして40得点。昨季は50得点でリーグ記録を更新した。今季はU-19で爆発中。クラブはこの夏に2022年までの契約を結んだ。
Photo: Bongarts/Getty Images
Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。