エイブラハムはなぜ点が取れるのか? 「股下シュート」にみる緻密な計算
林陵平のマニアック技術論 Vol.5
Tammy Abraham
タミー・エイブラハム(チェルシー)
1997.10.2(21歳) 191cm / 80kg FW ENGLAND
海外の有名どころからマイナー選手まで幅広く網羅したゴールセレブレーションで話題になったFC町田ゼルビアの林陵平は、自他ともに認める「JリーガーNo.1の海外サッカーマニア」だ。そんな彼が“今見ておくべき選手”のスキルを徹底解剖。今回はプレミアリーグ得点ランキング2位の新星、タミー・エイブラハムの「股下シュート」について。
チェルシーのアカデミー出身で、昨季チャンピオンシップ(2部相当)のアストンビラで20ゴール以上を挙げてブレイクした注目の若手FWですね。まだ21歳で、今季がレンタルから復帰して実質的なチェルシーでのデビューシーズンですが、すでに7ゴール。アグエロに続く2位ですから、すごいですよね。
自分のリーチの長さを計算したプレー
エイブラハムは190センチ以上のサイズがありながら、スピードと足下の技術、そして独特のしなやかさがあります。お父さんがナイジェリア出身らしいですが、このしなやかさは先天的な才能ですよね。手足が長いんですが、このしなやかさがあるのでそれを持て余していなくて、一つひとつの動作がスムーズ。ドリブルがうまくてシュートも強烈、サイズがあるのでヘディングも強いです。万能型のストライカーですね。
彼のプレーを見ていて思ったのは得意なゴールパターンがあること。ドリブルやトラップでボールを動かして意図的にシュートの角度をつけながらシュートブロックに来るDFの股下を抜く対角線シュートが1つの型になっています。これはわかっていても防ぐのが難しいですね。
まずDFの立場でいうと、エイブラハムは足のリーチが長いのでシュートブロックに行く時は思いっきり足を伸ばさないと届かないし、かといってシュートが強いからブロックが届かない状態でのクリーンなシュートも絶対に打たせたくない。だから、DFは全力で足を伸ばすわけですが、そうすると股下が空くんですよ。エイブラハムはドリブルやトラップでボールを動かしてシュートの角度を作ることがうまいですし、間違いなく意識してDFの股下を開けさせてそこを狙って蹴っています。
GKの立場でもDFの股下を抜けてくるシュートは反応しにくい。DFの陰になってボールが見えないのでいきなり出てくる形になりますし、DFは危ないシュートコースの切る位置にポジショニングするので、股下を抜けたシュートはいい位置に飛ぶんです。股下は狭いコースを抜くシュートなのでキックの精度が問われるんですが、そこは自信があるんでしょうね。
プレミアリーグ第3節ノリッチ戦の決勝点がそうでしたが、エイブラハムは自分のリーチの長さやシュートの強さを生かす形として計算してこのプレーを選択していると思います。計算しているといっても感覚的な部分も大きくて、FWってボールを受けた後はルックアップしてGKの位置やゴール前の状況をあまり確認はしません。そこで時間をかけちゃうと、DFのシュートブロックに引っかかっちゃいますからね。受ける前に横目でGKの位置やDFの位置を把握しておくくらいです。で、来たらマークを外して即打つ。そこから先は感覚の世界なんですが、DFのシュートブロックを抜くなら、こうボールを動かしてこの角度で足を伸ばさせてその下を抜く、という計算に裏打ちされた感覚というか、得点感覚を持っています。
「インフロントの巻くシュート」が欲しい
エイブラハムを見た時、若い時のアデバイヨルみたいな選手だなという印象を持ちました。身体能力に優れていたり、独特の技術を持つ選手は結構いるんです。ただ、それだけだと継続的に点は取れない。
僕はFWなので誰かがシュートを打った時、他の選手の動作に注目しているんですが、普通、誰かがシュートを打ったらみんなその瞬間は止まってシュートを見ちゃうんですよ。ただ、エイブラハムはその後に止まらず一歩目が誰よりも早い。それは予測と準備ができているからなんですが、そうした動きが実る確率って高くないんです。でも、愚直なプレーをやり続けられるストライカーは年間で数字が残りますよ。実際エイブラハムはそうした泥臭いゴールも多い。ランパード監督が「ゴールに飢えている」と褒めていたのは、そのあたりの愚直さにあるんじゃないでしょうか。
イングランドのアカデミーで鍛えられている選手なので戦術理解度も高くて、守備も献身的にこなします。クロスに対するポジショニングを見ていてもインテリジェンスが高くて、飛び込むだけじゃなくて、深くえぐったらマイナス方向に動くなどフィニッシュをイメージしながらプレーできています。
今後の課題はプレミアリーグのレベルの高いDFにプレーを研究された時でしょうね。2部でも研究されたはずなんですが、それは克服できた。1部でも同じことができるかですね。例えば、さっきの股下を抜くシュートも、レベルの高いDFはシュートコースを切りながら股下も消してきますからね。僕も股下シュートが好きなんですが、練習でいつもやっているチームメイト相手だとバレて止められることもあります。聞いてみたら「陵平くん、狙ってくるって知ってたから」って言ってました(笑)。プレミアレベルだと分析はすごいでしょうし、対戦しているうちに癖が見抜かれることもあるので、そこをどうするか。
エイブラハムのプレーを見ていて気になったのは対角に強いシュートを打つパターンに偏っていることですね。フリーの1対1でもインステップで対角シュートを打つ。例えば、コウチーニョみたいにインフロントで巻くシュートもレパートリーに加えれば、守る側はさらに予測しにくくなるはずです。あとはバチンとインパクトがあるキックが蹴れるゆえですが、常に強振したシュートが多い。もっとタイミングを外したり、ニアに打ったりができれば、本当に手がつけられない選手になると思います。得点ランクで彼の上にいるアグエロはまさにそうですよね。
ただ、21歳とは思えぬ完成度の高さであることは間違いないです。背負って打開できる力もあって、ターンも独特でうまい、足裏の使い方にもセンスを感じます。この逸材がプレミアで年間通してどういう数字を残していくのか楽しみで仕方ありません。
<プロフィール>
Ryohei HAYASHI
林 陵平(FC町田ゼルビア)
1986.9.8(33歳)186cm / 80kg FW JAPAN
東京都八王子市生まれ。東京ヴェルディのアカデミーでジュニアからユースまで過ごした。05年に明治大へ進学して頭角を現し、07年関東大学サッカーリーグで43年ぶりの優勝に貢献した。大学卒業後、09年に古巣の東京ヴェルディに加入したが、翌年に柏へ移籍する。その柏でJ2、J1優勝、クラブW杯に出場。12年7月からはモンテディオ山形にレンタル移籍、翌13年シーズンより完全移籍した。17年に水戸へ活躍の場を移し、チーム最多の14得点を記録。プロ10年目の18年、東京ヴェルディへ復帰を果たした。19年8月に活躍の場をFC町田ゼルビアへ移しており、新天地でもマニアックなゴールセレブレーションに期待が掛かる。Twitter:@Ryohei_h11 Instagram:@ryohei_hayashi
林陵平のマニアック技術論
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Photos: Getty Images
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。