リバプールがポジショナルプレーのエッセンスを導入した理由
ゲームモデルのケーススタディ #2
いまやペップ・グアルディオラと並んで戦術パラダイムシフトの先頭を走る立場になったユルゲン・クロップ。彼がリバプールで実現しているゲームモデルは、ドルトムント時代の「ストーミング」から変化してきているように見える。ポジショナルプレーのプレー原則を取り入れた目的、そして宿敵シティとの共通点と違いについて考えてみたい。
文 山口 遼
今季のプレミアリーグでもマンチェスター・シティと白熱の優勝争いを繰り広げ、クロップ監督が就任してから欧州のトップシーンへと完全に返り咲いたリバプール。そのゲームモデル全体の大きな特徴は、プレッシングやネガティブトランジション(攻→守の切り替え)におけるゲーゲンプレッシングにあるだろう。その考え方の根底は「自分たちの秩序」を守る、あるいは構築しにいくことよりも、「相手の秩序」を崩壊させることを優先している部分があり、近年ではそれを「ストーミング」などと表現されることもある。
サッカーは「選択肢とスペースをめぐる資源管理ゲーム」のようなものであり、選択肢とスペースの状態はそれぞれ「時間」によって変化していく。リバプールが「相手の秩序」を崩すために利用するのは、まさにこの「時間」である。
サッカーにおける各選手のプレーは、一般的に「認知」→「判断」→「実行」というプロセスで行われるので、あるプレーをできるだけ正確に実行するには、「認知」と「判断」のために必ずいくらかの「時間」を消費してしまう。そのため、プレッシングやゲーゲンプレッシング、あるいはボール保持に至るまで、リバプールのゲームモデル全体を貫く大きなロジックは、「時系列上で相手の認知に負荷をかけ続け、相手のミスや対応の遅れを誘発する」というものである。
文字数の都合上、ゲームモデルのすべての局面についての分析は叶わないため、まず当記事では、この考え方に基づき、先にも述べたリバプールのゲームモデルの特徴であるプレッシングについて分析していく。また、もう1つの興味深いトピックとして、今シーズンのリバプールのボール保持時の配置がマンチェスター・シティ、すなわちポジショナルプレーを標榜するチームのそれに類似しているという意外な事実にも言及してみたい。一見リバプールの「時系列上で相手の認知に負荷をかけ続け、相手のミスや対応の遅れを誘発する」というロジックとは矛盾するようなこの現象だが、その狙いは一体どこにあるのかについても、ゲーゲンプレッシングとの関連性にも触れながら、簡単に分析してみよう。
「時間」を奪うプレッシング
まずは、リバプールの最大の特徴であるプレッシングについてだが、その主原則は「相手に時間的余裕を与えないプレッシングでミスを誘発する」というようなものだろう。
また、この主原則を達成するための準原則、すなわちプレー原則を予測すれば、以下の4点が挙げられる。
① ウイングは外を切り、攻撃を中に誘導する
② ボール周辺のカバーシャドー
③ 2度追い、3度追いを辞さないアクションの連続性
④ 1対1のデュエルを作り出し、ボールへ直線的にアタックする
ゲームモデルにおける準原則は、先に述べたように主原則を達成するために設定されるルールだ。よって、これらのルールによってどのようにして主原則が達成されるのかが重要である。
プレッシングという局面を考えると、相手GKの存在などにより相手のビルドアップに対して数的不利な状況を強いられるため、いかに選択肢を限定し、局所的な数的同数(あわよくば数的優位)を作り出すかがポイントとなる。
ピッチ全体の中で中央というのは、選択肢が全方向に存在しているため、攻撃にとっても有利になり得るエリアと言えるが、翻ってどこからでもプレッシャーを受ける可能性があり、認知に負荷がかかりやすくミスが起きやすいエリアでもある。
そこでリバプールは、相手のCBに対してはウイングが外(SBの方向)を切りながら相手のビルドアップの方向を中央に誘導する(準原則①)。これは同時に、ボールを奪った際には走力と決定力がずば抜けた3トップが即座にゴールを陥れることのできる位置に配置されているということでもあり、リバプールの得点源の1つであるショートカウンターへの接続にも配慮がなされている。近年のサッカーでは、このように攻撃と守備を一体で考える必要があるという良い例かもしれない。
そして、誘い込んだ中央でボールを奪うために、ボールホルダーからのパスコースとなる選手の前に立ち、スペースを圧縮しつつ選択肢を制限するカバーシャドーを行い、ボールホルダーの認知への負荷をさらに高める(準原則②)。
これらの原則によって、ボールホルダーがミスを犯しやすい状況は発生しやすくなるが、リバプールのプレッシング強度を高める最たる特徴は残りの2つの原則にある。
1つは、局所的に数的不利が発生したり、制限されたコースにパスを通されたりしてフリーの選手ができても、2度追いや3度追い(ミルナーなどはそれ以上)を辞さないということである(準原則③)。これにより、何度フリーの選手を作ったと思っても、ボールホルダーのスペースは時系列上で常に制限され続けるので、ボールホルダーは時間的余裕を得られず、認知や判断、あるいはボールコントロールに関してミスを犯しやすくなってしまう。
さらにもう1つ、実際にスペースが制限でき、ボールホルダーから直接ボールが奪えそうな状況では、1対1のデュエルを厭わず、非常に直線的にボールにアタックする(準原則④)。特に、広いスペースを管理しなければならないが、ボールの奪いどころに設定している中央の選手(CB、アンカー、インサイドMF)には、守備時の機動力と個人でのボール奪取能力を重視し、少しでも判断が遅れたりボールコントロールがもたついたりすると、彼らが弾丸のように飛んできてデュエルを仕掛けてくるのだ。
このように、ボールホルダーを常にプレッシャー下に置くことで、ミスやボール奪取のチャンスを作り出すという主原則の達成に、準原則が効果的に機能していることがわかるだろう。
2つの準原則の導入でシティに近づく
次に、攻撃の、特に相手陣地での崩しに関する原則を見てみよう。
まず主原則は「スペースへのアタックとトランジションへの準備の両立」のようなもので、それを達成するための準原則は、以下の4点だと予想した。
①[2-3-5]のバランスの取れた配置
② ポジションチェンジしてもバランスを崩さない
③ 前のスペースにダイレクトにボールと人を送り込む
④ ハーフスペースへのバーティカルなランニング
注目すべきは、おそらく今年から新たに導入された準原則①、②によって現れる現象が、先述したようにマンチェスター・シティのようなポジショナルプレーを標榜するチームのそれに非常に近いという点だ。幅を取るのがSB、ハーフスペースでリスク管理を担うのがインサイドMF、ハーフスペースの高い位置で崩しを担うのがウイングであるという点が、“偽SB”を用いるマンチェスター・シティとの違いではあるが、これは所属する選手の特徴による違いであり、その狙いは互いに非常に似通っている。
相手の秩序を崩すことを優先するリバプールが、なぜ自分たちの秩序を構築することを優先するポジショナルプレーの原則を取り入れたのかと言えば、1つには数年来の課題であった引いてくる相手を攻略したいという意図があるだろうが、真の狙いは、プレッシングに並ぶもう1つの最大の武器であるゲーゲンプレッシングをより効果的に生かすためではないか。
ゲーゲンプレッシングとは、相手陣地での攻撃時にボールを失った直後にかける猛烈なカウンタープレッシングであるが、それ自体の原則は守備時のプレッシングの原則と大差ない。むしろポジショナルプレーにおいては攻撃と守備を一体として考えるので、攻撃をしている時に同時に守備の準備が可能な配置こそがネガティブトランジションのために重要である。
そこで、幅と深みを保ち、攻撃時のポジションバランスを取りつつ、ゴールに直結するハーフスペースおよび中央レーンをトランジション時に利用されないために、ポジショナルプレーを志向するチームにおいては、押し込んだ状態では[2-3-5]あるいは[3-2-5]の配置を取るのが一般的になりつつある。
つまり、自分たちの強みであるゲーゲンプレッシングを最大限に活用し、強烈な3トップにショートカウンターの機会を創出するための手段として、一部ポジショナルプレーのエッセンスを取り入れたのだと推測できる。よって、その目的は純粋なポジショナルプレーのそれとは異なり、そこがマンチェスター・シティにおける崩しのプレー原則との違いであり、後に続く準原則が異なってくる要因になっている。
ポジショナルプレーでは、パスによって相手の相互作用を崩しつつ、自分たちのバランスを整えることが主な目的になるので、ペップは「攻撃には少なくとも15本のパスが必要だ」というような発言をしているが、あくまでも相手の秩序を破壊することを目的にするリバプールには、わざわざ15本もパスを繋ぐ必要などない。ある程度自分たちのバランスと準備が整ったならば、サラーとマネという圧倒的なスピードを生かすために、アーリークロスやスルーパスなど、ダイレクトに前方のスペースへとボールを送り込むことを優先している(準原則③)。
準原則④のハーフスペースへのランニングも、引いた相手を崩すためのポジショナルプレー的な原則ではあるのだが、シティのそれに比べるとやり直しの頻度やバリエーションは少なく、チャンスがあればスペースへ鋭いランニングを行い、シンプルにそこにボールを送り込む、よりダイレクトな原則になっている印象が強い。
したがって、スピード感を伴った攻撃を行うことで、ここでも相手に時間的な余裕を与えず、そこでボールロストが起こるや否や矢のようなゲーゲンプレッシングを実行することで、相手にとってみれば息つく暇がまったくないほどの攻守にわたる圧力を感じ続け、何かしらの致命的なエラーが発生してしまう可能性が極限まで高まってしまうのだ。
攻撃時にポジショナルプレーのエッセンスを取り入れたように見えても、それはあくまで相手の秩序を破壊するためのゲーゲンプレッシングを生かすためであり、リバプールのゲームモデルは一貫して「時間的な余裕を与えず相手の秩序を破壊する」ことにフォーカスが置かれていることは特筆すべきだろう。事実、先日のCLラウンド16で激突したバイエルンとのゲームのようなビッグクラブとの対戦では、ボール保持には一切執着を見せず、プレッシングとカウンターの局面が多く見られるような展開になった。
このように、たとえ同じような配置を取ったとしても、その目的によってプレーの原則、そしてそれによって起こる現象が大きく異なってくるのは興味深いことだろう。
Photos: Getty Images
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd