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育成年代における永遠の命題「負荷のパラドックス」とは?

2019.05.07

 「育成年代のケガ」は、選手としての成長曲線にたやすく影響を及ぼしてしまう。実際、学術研究でも「大人と10代が同じ時間の試合・練習に参加した場合にケガをする確率」は異なっている。試合で1000時間プレーした場合、大人の場合は平均したケガの回数が7.2回、10代の選手は38.4回。1000時間の練習で、大人は3.6回、10代の選手は7.2回。特にユース年代の選手は練習でのケガが多い傾向にあり、相手選手との接触を伴わない「筋肉的なトラブル」が多い。

 日本の育成年代はハードなトレーニングを課せられることが多く、特に部活には長時間の練習を是とする文化が残っている。こういったトレーニングは前時代的と評されることも少なくないが、育成年代のトレーニングには永遠の命題も存在している。それは、オーストラリアの研究者ティム・J・ガベットが提唱する「負荷のパラドックス」と呼ばれるモデルだ。簡単に言えば、「高負荷のトレーニングに慣れている選手はケガが少なくなる。一方、負荷に慣れていない選手はケガが増加する」というパラドックスだ。選手のケガを恐れて「練習の負荷を低く設定してしまうと、逆にケガしやすい選手になってしまう」という事実は、指導者にとっての難題となる。ガベットはヨーロッパのトップクラブも着目するスポーツ科学者であり、すでにバルセロナやマンチェスター・シティ、チェルシーに招かれている。

Photo: bottomlayercz0 from Pixabay

ケガを0にするではなく「制限する」が重要

 英国のスポーツ科学者ジョン・オーチャードは、トレーニングの負荷がケガ、フィットネス、パフォーマンスに与える影響を可視化した仮説を発表した。彼によれば、過度なトレーニング負荷と「過剰に不足している」トレーニング負荷はケガを増やし、チームのフィットネスに悪影響を与える。さらに、チームのパフォーマンスも低下することになる。彼の仮説的モデルを考慮すると、ケガが最も少なくなる「負荷の低い」状態だと、チームのフィットネス状態やパフォーマンスのレベルも低い。この視点から考えると「ケガを減らすことを主目的にすると、フィットネス状態を最適化することが困難」になってしまう。スポーツ科学やスポーツ薬学は、選手たちのケガを0にすることを理想とするが、同時に「負荷の高いトレーニングによって、選手たちが競争に耐えられる肉体を与える」ことを求めている。この矛盾がヨーロッパでも常に議論の的になっており、メディカルチームは「負荷の増大」をケガの原因として、たびたびコンディションチームと衝突する。しかし、実際のところ「負荷の減少」は、長期的にはケガのリスクを高めてしまうのである。

 E.W.バニスターが1975年に定義した「理想のトレーニング」は、「負荷を最適化することで選手のパフォーマンスを最大化すると同時に、ケガや疲労などのネガティブな要素を可能な限り制限する」トレーニングだ。重要なのは、ケガというネガティブな結果を0にすることではなく「制限する」ことにある。

 前出のガベットは「負荷のパラドックス」に挑む中で、「急激な負荷はケガのリスクを高める」という先行研究に着目。負荷の緩やかな上昇と観察を可能にすることを目指し、「慢性的な(3~6週間の)トレーニング負荷」と「急性的な(直近1週間の)トレーニング負荷」から指標を作成。例えば、急性的なトレーニング負荷が「慢性的なトレーニング負荷から算出した週の負荷平均」の1.3倍を超えると、ケガのリスクが高まる。選手の肉体への負荷を、徐々に高めていくことでケガのリスクを最小化しながら、的確に鍛えることが鍵となる。同時に、選手のグループ分けも推奨されている。「練習の負荷に耐性がある選手」と「練習の負荷に耐性がない選手」では、負荷を強めるペースを別々にコントロールする必要がある。

 未来のトッププレーヤーを守りながら鍛えることを考えれば、「負荷のパラドックス」という理論に着目が集まっているのは当然だろう。ガベットの言葉を借りれば、「負荷の高いトレーニングを指導者が導入する場合、常に最悪のシナリオを想定しなければならない。そして、選手たちを安全にトレーニングさせる方法を探す必要がある」のだ。

https://twitter.com/TimGabbett/status/1125503667602378754
ティム・J・ガベット氏が自身のtwitterアカウントに投稿した、自身の講演の様子

Photo: Getty Images

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結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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