ベンゲル最後の昨季からクラブ運営手法の刷新に着手し、CEO10年目のガジディス、元バルセロナFDのサンジェイ、敏腕スカウトのミスリンタートがエメリ体制を支えていくはずだった。だが、うち2人が退団。アーセナルはまさしく新時代に突入した。
昨年夏のアーセン・ベンゲルの退任は、単純な監督交代だけでなく抜本的なクラブの構造改革を意味していた。後任を託されたウナイ・エメリは選手の指導だけに専念する。前任者とは対照的にクラブ運営はフロントに任せている。ようやく「餅は餅屋」が確立されたのだが、今のアーセナルは肝心のフロントが大きく揺らいでいる。
監督交代からわずか4カ月後、改革の青写真を描いた張本人のイバン・ガジディスCEOがクラブを去ったのだ。ガジディスはベンゲルと良好な関係を築いてきたが、同監督が全権を掌握する古い体質にメスを入れることを渋々決断した。そしてベンゲル退任の半年前に、ドルトムントから敏腕スカウトのスベン・ミスリンタートを引き抜いて強化部長に据え、さらにフットボール関連全体を任せるべくラウール・サンジェイをバルセロナから連れてきた。こうして円滑に分権化を推し進めたのだが、その直後にミランへと旅立った。
英国では1億5000万円もの給料アップに飛びついたように報じられたが、必ずしも金銭面だけが理由ではない。ガジディスは、アーセナル以上に再建を必要とするイタリアの名門での仕事に魅力を感じたのだ。さらに、ミランの経営権を取得した「エリオット・マネジメント」社の創始者の息子、ゴードン・シンガーとは10年来の親交があり、それも決め手となったようだ。
数年後の不安より目の前の問題
CEOを失ったアーセナルはというと、サンジェイがフットボール面を、ビナイ・ベンカテシャムが商業面を統括する“二頭体制”になった。ベンカテシャムは三井物産系列や大手会計事務所のデロイト社を経て、ロンドン五輪で放映権やスポンサー契約を取り仕切った実績を持つ。2010年からアーセナルで働いており、コマーシャル収入は今後も成長が期待できる。しかし、その商務責任者もチーム成績で左右される放映権収入には不安を抱いている。2季連続でCL出場権を逃したアーセナルは、17-18シーズンの売上高ランキングにおいて前年の6位から9位まで転落したのだ。ベンゲル時代から億万長者に頼らない「自立経営」を自負してきたが、何年も連続でCLに出られないと「ビジネスモデルに負担が及ぶ」とベンカテシャムも危惧する。
だが今のアーセナルが優先すべきは、数年後の不安より目の前の問題だ。新たに設けられるテクニカルディレクター(TD)職をめぐり、ミスリンタート強化部長が2月8日をもって退任したのである。ドルトムント時代に香川真司などを発掘して“ダイアモンドの目”と称された46歳のドイツ人は、ガジディスに誘われた際、選手補強においては監督よりも強い権限を与えられた。昨冬にはクラブ記録の移籍金で古巣ドルトムントからピエール・エメリク・オーバメヤンを引き抜き、夏には無名のマテオ・ゲンドゥージを見つけ出すなど結果を残した。しかしガジディス退任以降、彼の権限は薄れる一方で、希望するTDへの昇格も認められず、退団を決意した。
この人事の混乱が続くとクラブは一貫性を失うし、その兆候と思しき動きもあった。昨年1月のエジルの契約更新で人件費が飛躍的に跳ね上がり、今冬はファイナンシャル・フェアプレーを意識して移籍金が発生する補強ができなかった。だが、そうまでして残留させたエジルは一時期スタメンから外れ、去就が騒がれる事態に。こうした矛盾を防ぐためにもTDの招へいが急務となっている。
そして、ファンにとって最大の懸念はオーナーである。昨年9月、筆頭株主のスタン・クロンケが残りの株を買い占めて単独オーナーとなり上場廃止した。これでサポーターが株主総会で意見をぶつけることさえできなくなったのだ……。結局のところ、構造改革が落ち着くまでは「自立経営」という理想を盾にした無難な経営方針は変わりそうにない。
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Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。