「シビアに見て、現状は5番手」連覇へ、オーストラリアの総力戦
【アジアカップ2019特集 現地メディアが伝える変革するアジア列強の今 #2】オーストラリア代表
自国開催となった前回大会(2015年)で初めてアジアカップのトロフィーを掲げてからの4年間、アジア王者としてのオーストラリア代表は多くの変化を経験してきた。
その最も大きな変化は、オーストラリアに初のアジアタイトルをもたらした名将アンジェ・ポステコグルー(現横浜F・マリノス監督)の突然の退任。母国代表をロシアW杯に導きながら本大会での指揮はせず2017年11月に辞任した経緯は、メディアやファンとの関係性を含めていまだにミステリアスなままだ。
急きょW杯でチームを率いることになったのは、元オランダ代表監督のベルト・ファン・マルワイク。このオランダ人指揮官もまたサウジアラビア代表監督としてW杯切符をほぼ手中に収めながら職を辞していた(2017年9月)だけに、そんな彼がポステコグルーを引き継いだというのは何とも興味深い。しかしファン・マルワイクの短期政権(2018年1月〜7月)は、残念ながら身になる結果を残したとは言えない。たとえフランス、デンマーク、ペルーという難敵にグループステージで善戦したとはいえ、それ以上の何か目に見える成果を得ることはなく、静かにW杯を去ることになった。
新監督“アーニー”と気がかりな負傷禍
そしてロシアW杯後、満を持して“再登板”することになったのがグラハム・アーノルド。前回オーストラリア代表を率いた際には2007年のアジアカップを指揮した経験もある55歳だ。前任時から10年以上が過ぎ、その間にAリーグ(オーストラリア1部リーグ)の2つのクラブチームで6つのタイトルを獲得してきたアーノルドは、監督として必要な能力のすべての部分で大きく成長を見せ、今や国内屈指の名将へと変貌、待望論を受けての就任だった。
現代表の守護神マシュー・ライアン(ブライトン)や守備の要トレント・セインズベリー(PSV)、中盤のマエストロであるトム・ロギッチ(セルティック)など主力の多くが、アーノルドがセントラルコースト・マリナーズを指揮した時にプロになる機会を与えられた“教え子”だけに、選手との距離は近い。そのことはアーノルドの監督としてのスタイルにも表れる。強面だが“アーニー”と呼ばれ慕われる監督像は、監督と選手という立場の違いを明確に線引きするポステコグルーとは正反対で、練習を通して選手との個人的な繋がりを深めるアプローチだ。
そんなアーノルドが率いる“サッカルーズ”が大会2連覇でアジア王者の座を防衛するには、文字通りすべてを出し切る総力戦で戦わなければならない。W杯メンバーからFWティム・ケイヒル、MFミレ・ジェディナクという最も経験のある両ベテランが去ったが、これはロシアへの道のりでの最多得点の上位2人を失ったという戦力的な意味だけではなく、選手の多くがいつも強調していたように、その経験に裏打ちされた存在感からくるリーダーシップがチームからなくなったことを意味する。精神的支柱でもあった彼らの穴をどう埋めるかは、現代表にとっての大きな課題として残る。
さらに気がかりは、大会に臨むチームを襲った考えられる限り最悪とも言うべき負傷禍だ。オーストラリア代表の未来を担う20歳のMFダニエル・アルザーニ(セルティック)のシーズンを棒に振る重傷に始まり、MFアーロン・ムーイ(ハダーズフィールド)、FWマシュー・レッキー(ヘルタ・ベルリン)という攻撃の柱をケガが襲った。プレミアリーグで膝を負傷したムーイは、一度は招集されるもUAEには向かわず離脱。代表発表の直後にブンデスリーガでハムストリングを痛めたレッキーは、UAEに行けたとしてもグループステージには間に合わない可能性が高い。
ケイヒル、ジェディナク、ムーイ、レッキー、そしてアルザーニ。2人のレジェンド、2人の不可欠な中堅、そして次代の星と5人の重要なプレーヤーが不在のオーストラリアは、ロシアW杯最終予選の結果をもとにシビアに判断して、現状はアジアの5番手に位置するという事実を直視しなければならない。ライバルの日本、韓国、イラン、サウジアラビアが多少の紆余曲折はあっても自力で同予選を勝ち抜いたのに比して、オーストラリアはプレーオフ経由で綱渡りのロシア入りと対照的だ。前回王者でありながらも大会の“本命”とは言えないのが現実である。
キーマンはルオンゴとマクラーレン
サッカルーズが今大会で勝ち上がるためには、何人かの選手たちがこの危機的状況こそチャンスと捉え、しっかりアピールして活躍する必要があるだろう。その筆頭は、2015年大会のMVPでありながらロシアW杯では出場機会を得られなかったマッシモ・ルオンゴ(QPR)。“欠かせない”はずの中盤の要ムーイを欠いてしまったピッチの中央で、この26歳のMFが持ち味を存分に発揮しなければならない。また、驚きをもって伝えられたFWトミ・ユリッチ(ルツェルン)の代表落選を受け、今回のメンバーで唯一の本質的ストライカーであるジェイミー・マクラーレン(ハイバーニアン)の躍動もまた不可欠となってくる。
個々の選手の質はおしなべて高い。しかしリーダーシップ、経験、継続性といった要素が今までの代表と比べて相対的に低くなったことで、今回のサッカルーズは挑戦者としての意識で大会に臨むことが必要だろう。グループBも決して簡単ではない組だが、これまでの対戦結果などを見てもヨルダン、パレスチナ、シリアに手こずっているようでは連覇など夢物語になってくる。3カ国ともにグループ最強と目されるオーストラリアを相手に一泡吹かせようとぶつかってくるはず。そうした状況下では不確実性が一気に高まるだけに、容易に勝ち抜けできるという過信は禁物だ。そして決勝トーナメントでは、いずれ劣らぬアジアの強国に挑んでいかねばならない。
様々な変化や選手の故障などの障壁を乗り越えて、もしオーストラリアが連覇を達成するようなことがあれば、それは同国サッカー史上最大の偉業と捉えられるほどの成功と評されるかもしれない。
AFCアジアカップUAE2019 テレビ放送予定
地上波放送:テレビ朝日系列にて生中継!
https://www.tv-asahi.co.jp/soccer/asiancup2019/
BS放送:NHKBS1にて生中継!
https://www1.nhk.or.jp/sports2/daihyo/index.html
Photos: Getty Images
Translation: Taka Uematsu
Profile
ビンス ルガリ
豪州最大の通信社『AAP』(Australian Associated Press)でオーストラリア代表番記者を務める。サッカーのみならず、すべてのフットボール競技とクリケットをカバーするスポーツジャーナリスト。